山の日にちなんでR.シュトラウス「アルプス交響曲」のことなど。

Masculin:というわけで、先月の海の日と同じようですけど。

Féminin:…これも同じだけど、海同様に山もそんなに好きじゃない私たちとしては話題に乏しいわね。ハイキング程度も一緒に出かけた覚えはないし、大体本格的な山登りってしたこともないでしょう、お互いに。

M:まあ確かにねぇ、中2だったか学校行事で那須岳(茶臼岳)に登ったんですけど、ロープウェイを使わず完全徒歩で頂上まで行かされて疲労困憊した記憶だけが残りましたからね。山頂から周囲を眺めたところで達成感なんてものも無く、岩山の天辺にまで登って嬉々としてる同級生たちを見て、むしろ冷笑を浮かべてましたから。

F:いかにもアナタらしいわね。でも私もご存知のように足弱ですから、国内では富士山の五合目までクルマで行ったくらいだし、海外でもフレンチアルプスのエギュイユ・デュ・ミディくらいしか知らないわ。あそこは昔からロープウェイで上の方まで行けたから。

M:そんなふたりが山の日に果たして何を語るのかってことですけど、ここでリヒャルト・シュトラウスの「アルプス交響曲」のお出ましってわけで。

F:ハイハイ、あとはおまかせいたしますわ…と言ってもあんまり好きじゃないはずでしょう、ドビュッシーの「海」と違って。シュトラウスの例に漏れず、技巧ばかりで内容空疎だって。

M:そりゃあ「海」とは比較になんかなりませんよ。ただ近年はずいぶん演奏機会が増えてますね。まあ指揮者のバトンテクニックの見せ場であると同時にオケの技量の誇示にもうってつけだし。

F:演奏時間もメインプロとしてちょうど良いのかしらね…最初の録音は?

M:近年、戦前’36年の自作自演が出ましたけど、知られてるのは’57年のベーム/シュターツカペレ・ドレスデン盤(DG)ですね。ただしモノラル最後期で、初のステレオは’66年のケンペ/ロイヤル・フィル盤(RCA)です。シュトラウスが実際に登ったツークシュピッツェでなくマッターホルンの写真をジャケットに使ったのも最初でしょうね。ちなみにリヒャルト少年がそのツークシュピッツェに登り、作中で描写されてるような散々な目に遭ったのはボクが茶臼岳に登ったのと同じ14〜5歳の頃で。

F:(笑)まだこだわってるの。まあアナタも危機一髪みたいな体験をしていたら、もう少し芯の通った人間になったのかもね。

M:おっしゃいますねぇ、でもシュトラウスはそもそもこの作品のスケッチをずっと以前に「アンチクリスト〜アルプス交響曲」として着想したらしいんですよ。

F:アンチクリストってことはニーチェの影響かしら…まあ「ツァラトゥストラはかく語りき」も作曲していたし。

M:ところがその「ツァラトゥストラ〜」にしてから特大の管弦楽ニーチェの思想の上っ面を撫でたって代物でしょ。つまりは当時の流行り物に乗っかっただけで芯の通った仕事でも何でもないわけで。

F:…何だかワタシの不用意な一言がお気に障ったみたいね、ハイハイ、ごめんなさい。昔っからご機嫌でワイン召し上がってても突然怒り出したりしたんだから。

M:突然と言っても怒るのにはちゃんとした理由があったんですよ、阿川弘之氏の瞬間湯沸し器とは違って。まあ最近は心臓も悪いし、怒る気力も失せてますけどね。

(承前)