ホルスト「惑星」について〜美味しいフィッシュ&チップスの作り方?

Féminin:また今年アニヴァーサリーの作曲家、ホルストも生誕150年ね…と言っても「惑星」以外の作品てほとんど知られていないし。ところで「惑星」って実演で聴いたことある?

Masculin:いや、ありません残念ながら…そうだ、’91年にラトルがバーミンガム市響と来た時、アンコールに「水星」を。それだけで全曲は一度も。

F:やっぱりね、貴方がなければ私もないわ。そもそもめったに演奏会にかからないわよね。

M:そうですねぇ、オルガンも含む大編成で特殊楽器も多いし、終結のほんの数分のために女声合唱しかも舞台裏に必要だし…そう言えば数年前、仕事がらみでたまたま知り合った女性にコーラスで乗ったひとが。

F:ふ~ん…またおヘソを曲げそうだから追及はいたしませんわ。

M:別に何らやましいことなんかありませんよ…某都内オケでサントリーホールだったそうで、舞台裏だから副指揮者も必要だし、それでも合わせるのに一苦労だったって。

F:やっぱり労多くしてって言うか不経済な曲でもあるのね、録音は沢山あるけど。

M:昔は初演者でもあったボールトと新しもの好きのストコフスキーくらいだったけど、’61年のカラヤンウィーン・フィルのデッカ盤がきっかけだったんでしょうね。本格的なステレオ時代の到来で。

F:カラヤンて英国音楽には特に熱心じゃなかったし、どうして「惑星」だけ採り上げたのかしら。

M:ウ~ン、まぁあの頃デッカの録音技術は一頭地を抜いてましたから…同時期のドイツ・グラモフォンは極めてオーソドックスな収録だったし、一方デッカはオペラのソニックステージでもだけどとにかく効果的な音作りで。そこで敏腕プロデューサーのジョン・カルショウがこんな風に帝王に囁きかけたんじゃ。

「…ウチの優秀な技術でこの作品を録って出せばベストセラー間違いなしですぜ、旦那!」なんてね(笑)。

F:何だか見て来たみたいね、アナタ…それで’70年代になってからまたぐんと増えたでしょ。

M:やっぱりアポロ計画と11号の月面着陸が引き金でしょうね。世界的に宇宙への関心が高まったから…惑星への入り口ですらなかったのに。で、カラヤン盤の夢よもう一度とばかりにデッカが新時代の帝王メータとLAフィルで。

F:前にアナタおっしゃってたわよね、デッカは「2001年宇宙の旅」の公開に合わせるみたいにメータで「ツァラトゥストラはかく語りき」を録音したって。その後も「スター・ウォーズ」が大ヒットしたらまたメータで「未知との遭遇」との組み合わせで出して、サントラ以上に売れたとか。機を見るに敏なのね…。

M:そうなると他社も負けじと参戦してCBSバーンスタインとNYフィル、DGはスタインバーグとボストン響、EMIはプレヴィンとロンドン響、フィリップスはハイティンクロンドン・フィルてな具合にこっちでも各レーベル間でスター・ウォーズならぬプラネット・ウォーズ=「惑星大戦争」(©東宝)が勃発したと。また結局徒花に終わった4チャンネルステレオの試行も後押しして。

F:そうそう、YouTubeで観たの、レニーがヤングピープルズコンサートで「惑星」全曲を演奏して、すぐ続けてNYフィルの即興演奏で「冥王星」を。録音はされなかったみたいね。

M:コリン・マシューズが作曲した「冥王星」もラトルたちが録音したけど、冥王星矮惑星に降格されてお荷物みたいになりましたからね。それからも新録音は目白押しだったけど。

F:ねぇ、最近はそれぞれの星のイメージよりも占星術の影響が重視されてるみたいね。それはどうお思い?

M:いや正しいんだと思いますよ。ホルストは別に天文学に明るかったわけじゃなく占星術の方に関心が深かったそうだから…。

F:そう言えばアナタって昔から星占いとか誕生月占いとか血液型とか大キライよね。お酒の席でもそんな話題になると途端にご機嫌斜めで(笑)。

M:まぁ場の雰囲気をぶち壊しにするほど露骨に不機嫌を顔に出したりはしませんでしたけどね…座興としても低劣と思うけど。でも結局この「惑星」もそういったオカルティックな要素や英国音楽らしさよりもあくまでオケのショウピースとして演奏されてるんだから。

F:この国の英国音楽の受け止め方って、これの「木星」の中間部に歌詞を付けて歌った人に代表されるように、何となく上滑りして底の浅い感じなのよね。そりゃあメロディアスでノスタルジックな旋律ではあるけど、ホルスト自身がコラールに編曲したような厳粛さと荘重さには決定的に欠けてるわ。

M:お説ごもっともでございます。確かにエルガーの「愛の挨拶」や威風堂々第1番の中間部「希望と栄光の国」なんかも似た受け止められ方ですね。まあフィッシュ&チップスだって作り方によっちゃ旨くなるんだし。

F:…何よ出し抜けに。いくらワタシが食いしん坊だからって飛躍のし過ぎじゃありませんこと…ウ~ン、でもせっかくだからお願いいたしますわ、本当に美味しいフィッシュ&チップスのレシピを。

M:ほら、食いついた…特にコツなんてありませんよ。ドーヴァーソールは無理でも常磐沖の平目の柵でも用意して、重すぎない衣をまとわせて軽い新鮮な油でカラッと揚げればキャントビーバッドです。その逆に得体の知れない白身魚?にボテッとした衣をつけて草臥れかけた油で揚げたらそりゃあゲンナリもするでしょうよ…昔ロンドンに留学してた知り合いがボヤいてましたけど。振りかけるのも安物のモルトヴィネガーなんかじゃなくレモンで。タルタルソースが欲しければマヨネーズ作りから自製してくださいませ。

F:確かに美味しそうだけど、ほらロンドンの下町のパブで新聞紙を下敷きに出てくるような素朴さには欠けるんじゃないかしら。

M:それこそがカラヤンのデッカ盤以来の「惑星」の演奏スタイルに通ずるものなんですよ。つまり素朴な英国庶民料理でしかなかったものを高度な技術で洗練させ過度でなくお化粧もし、国際的な名曲として認知させたという。

F:…何だか良く分からないけどお腹空いてきちゃった、いつものスーパーか魚屋さんで平目を仕入れてウチに来てくださる?じゃが芋はあるし、タルタルソースはおっしゃるように一からこしらえてお待ちしてますから。

M:ヤレヤレ、結局「食欲をもたらす者」なんだなあ、お姉様は…。

(Fin)