「サザエさん」とさつまいもの天ぷらの思い出。

Masculin:前におっしゃってたでしょう、小学生の頃に学校の遠足でお芋掘りに出かけたって。

Féminin:うん、そうだったわ。確か四年か五年の時だったけど、一応カトリックのお嬢様学校でもそんな行事があったのよね…埼玉のどこかだったけど。それで不思議なことに一人ずつ分けられた区画で小柄な娘には沢山お芋が当たって大柄な娘は少なかったなんて皮肉な結果にね。帰り道なんか気の毒だったわ、小さな娘は。小さい身体でリュック一杯に背負って。私は身体の割に少なかったけどそれでも7〜8キロくらいでかなりこたえたわ。

M:不満たらたらで帰途についたんでしょうねぇ足弱のお姉様は…でも食欲が上回ったのか。それで思い出したんですけど、大昔の「サザエさん」のエピソードでまず一コマ目で帰宅してネクタイを緩めてるマスオさんが夕食の献立を聞きムッとして

「何、イモのてんぷら?」

 次のコマで同じく着替え中の波平さんも

「ワシは食わんぞ!」 

すると3コマ目でその一部始終をずっと見ていたワカメちゃんがウワッと泣き出し、最後のコマで

「ふ~ん、ワカメちゃんお芋掘りに行って来たの」

「うん、美味しい美味しい」

とみんなでなだめすかしながら芋の天ぷらを頬張るって…。

F:うん、覚えてるわそれ。ちょうど同じ頃にそのリュック一杯のお芋を持ち帰ったのね私も。でもわが家では天ぷらやら煮物やら蒸かしたりで、別に誰も文句言うでもなく片付けたわよ。だから磯野家の皆さんにどうして不評なのか良く分からなかったわ。特に戦中派で芋や南瓜は若い頃に一生分食べたからなぁって口癖みたいに話してた父もそれこそワカメちゃんに気づかずムッとした波平さんみたいなこともなく…あぁ、そういうことだったのかしら。

M:ほらね、今頃気づきました?一人娘がはるばる持ち帰ったお芋だから不満をおくびにも出さずに美味しいって召し上がって下さったんですよお父様は。いや涙ぐましい親心だなぁ、それをこれっぱっちも斟酌せずに自分の食い意地ばっかり。

F:ちょっと、何?アナタみたいな○○○○に言われたくないわねぇ…。

M:おや聞き捨てならないなぁ、その四文字には何が入るんです?

F:さぁなんでしょうね、あらん限りの罵詈雑言を当てはめてご覧あそばせ…でも確かに普段の食事で自分からさつまいもって積極的には食べたがらなかったわねウチの父は。貴方もあんまり好きじゃないでしょ。

M:まあ大人になってからはね。小さい頃にはそれなりに好きだったんですよ。あれはその「サザエさん」と同じ頃、神田猿楽町のT政に法事で出かけ、名人と謳われた主人にまさにそのさつまいもの天ぷらをリクエストして笑われましたからね。当時はかなりの偏食で、海老と烏賊くらいしか食べなかったんで。その海老だって街の洋食屋の海老フライはNGだったから。

F:あら、小さい子ってだいたい海老フライが好きじゃない?

M:いや、海老の独特な匂いが苦手だったんですよ。ところがT政で出された活けの才巻海老はそんな匂いもなく美味しいと平気で食べて。結局あの頃の海老フライは未だ技術の未熟な冷凍海老だったろうから、アンモニア臭が子どもの敏感な嗅覚には耐えられなかったんでしょうね。

F:ふ~ん、お母様があの人は小さい頃から妙に神経質だったのよっておっしゃってたけどやっぱりねぇ…でも最近じゃあ銀座のK藤の分厚いさつまいもの天ぷらなんかわざわざそれを目当てに訪れるお客様も少なくないらしいけど、そんな昔じゃあナマイキなお子様くらいよね。だいたい天ぷらって言えば海老や鱚に穴子なんかの江戸前の魚介類のことで、お野菜は精進揚げって名前から区別してたんだし。でもお母様はお好きだったんでしょ、さつまいも。

M:そうでしたねぇ、芋たこなんきんじゃないけど。特にさつまいもと南瓜は戦時中にさんざん食べたろうに好きで。やっぱり男女差なんでしょうね。だからたまには食卓に出しましたけど。

F:アナタのことだからまた何か手の込んだものをお出ししたんじゃない?

M:いやあんまり手の加えようのない食材でしょ、さつまいもって。だから細い鳴門金時を八方出汁と味醂でさっと炊いたりするぐらいで。スイートポテトも作ったけど丁寧に裏漉しして生クリームを多目に使ったら、もっと素朴な方が良いわってご託宣で。

F:そう言えば昔、霞町…今の西麻布の坂の途中にランペルマイエ和泉屋ってあったわね。あそこのスイートポテトなんかそのお母様好みだったんじゃない。皮を器代わりにしてしっかり焼き目を付けた。

M:そうそう、時々思い出してましたね。あとはドンク系列の松蔵ポテトも。

F:結局さつまいもって妙に手を加え過ぎずに素朴なお料理が一番なのね…。

(Fin)