今さらながらの筍の扱い方A to Z?

Masculin:というわけで、タイトルのまんまですけどご指南をば。

Féminin:あらずいぶんお見くびりですこと。これでも長年筍の下処理やお料理くらいはしてましたのよ。父が元気だった頃は毎年春になると京都の知り合いから朝掘りのが届いてたから。

M:それは失礼、わが家も全く同じでしたね、母の古い知り合いの方から。届くと何を置いてもボクが糠湯掻きにかかって…痛風が出て立ち上がるのも辛かったのにガンバったのはもう三十年以上昔で。先方から荷が着かなくなったらもう自分はいないものと思ってくれとの伝言で、届かなくなってさて何年経つのか…やっぱり京都の知り合いって大事にしないと。秋には松茸に若狭のぐじとか。

F:うん、父も同じこと言ってたわ。その父もいなくなって、だからワタシももう何年も自分で湯掻いたりもしてないし。

M:右に同じで。また都内で普通に手に入る程度の筍じゃあどうしても京都の朝掘りになんかかなうはずもなくって。まあ毎年の習慣だったから忘れちゃいませんけど、ここはひとつ追憶も含めて…欲情をかき混ぜはしないけど。

F:…T.S.エリオット「荒地」ね。ちょうど「四月は残酷極まる月だ」し、お願いいたしますわ。

M:まず水洗いした筍の先端を斜めに切り落とし縦一文字に浅く切れ込みを入れ軽く拡げ、大鍋に入れてひたひたに水を張り米糠ひとつかみと鷹の爪一〜二本。まあ定法通りで。

F:それで落し蓋をして強火にかけ、煮立ったら火を落として吹きこぼれにご注意ね。一時間ほどで竹串を根元に刺してすんなり通ればそのまま完全に冷まして下処理は完了。やっぱり京都の筍だと決してえぐ味が残るなんてことはなかったもの。ある年に京都から届かなかったんで代わりに某県の筍を買って来て湯掻いたら歴然と違ったんで父も渋い顔だったわ。お前しくじったのかなんて私のせいみたいに。

M:僕もそれでわざわざ他県の筍を買う気がしなくなったんですよ。やっぱり京都の野菜の偉大さには脱帽ですねぇ、人間の底意地悪さとは好対照で。

F:あら、またぁ。ワタシの母は代々の京都育ちで、つまり私も半分は京おんななんだってご存知でしょ?もっとも父はチャキチャキの江戸っ子だけど。

M:ウ~ン、だから昔っから天女のように優しいかと思うと時々魔女みたいに意地悪だったりもしたのかなぁ、わが永遠のマドンナのお姉様は…さて完全に冷めた筍は良く水洗いして糠を落とし、適宜切り分け姫皮まで無駄なく使いますけど基本的なレシピを幾つか。まず若竹煮ですけど、筍は穂先から中程を食べやすい大きさに切り分けさっと湯掻いて糠臭さを抜きます。これも全てに共通の手順で、八方出汁に酒味醂薄口醤油で煮含めます。若布は塩蔵でも灰干しでもお好みで。土佐煮は紫勝(むらがち=醤油強め)かつ味醂も多めで仕上げに粉鰹をたっぷり。どちらも木の芽をケチらず手の平でパチンと叩いて天盛りに。

F:若竹煮をお椀の種にして吸い地を張れば若竹椀ね。鯛の子なんかあると本格だわ。

M:木の芽和えですけど、ものの本では烏賊を加えるとか和え衣には青寄せ(ほうれん草などの色素)を入れるとありますけど、歯応えの変化に烏賊はともかく青寄せは色味は良くなるけど余計な味がつくからNG。かと言って木の芽だけで鮮やかな緑を出そうとすると過ぎたるはなおってことになるからほどほどで。中程から根に近い部分をさいの目に切り、八方出汁で下煮して擂りたての木の芽と白玉味噌󠄀で和えます。もう一つ八丁味噌󠄀を使った味噌󠄀炊きで、根元の太いところを半月の薄切りにして、同じく薄切りの豚バラ肉と炒め一味を振り八方出汁と味醂に八丁で煮込みます。硬い部分の有効活用で。

F:筍御飯は?貴方は確か筍と良いお出汁で炊き上げるだけで十分って言ってたけど、ウチの父はそれだけじゃあ何だか物足りんよっていい年して駄々こねるんで、仕方なく刻んだお揚げを入れてたの…。

M:そうですねぇ、まああんまり色々加えると加薬御飯になっちゃうし、油揚げくらいはいいかなぁ。ひと手間で油抜きして両面パリッと焼き、開いて内側の白い部分をこそげ取って皮だけを極細切りにして筍と一緒に吸い地よりやや強めの加減の鰹と昆布の一番出汁で炊き込みます。炊き上がりに酒を振りかけ蒸らして下さい。よそって木の芽をあしらうのはお約束で。こそげ取った油揚げの内側はネギと和え花かつおと七色を振りビールの合いの手に。

F:そうね、そうしてたら父も「おい、気が利いてるなぁ」って喜んだわ。孝行をしたい時には…ってことね。もう一つ姫皮の梅肉和えも添えたらもっとご機嫌だったわ、きっと…そうだ、もう一つ前にご馳走になった青豆御飯も教えて。確か数年前に亡くなった「京味」の西健一郎さん直伝だって。

M:えぇ、直伝と言っても人づてですけどさすがに最良の手立てですよ。まずグリーンピースは当然ながらさや入りで新鮮なものを。さやから出したらすぐに水に落とし、重曹耳かき一つ加えゆっくり加熱し、ぎりぎり沸騰する温度で指先で潰せるほど柔らかく茹でて火から下ろし、細く水を落として完全に冷まします…つまり急激な温度変化で表皮にシワが寄らないよう細心の注意を払うわけで。

F:最初から無造作にお豆を一緒に炊き込んだりしたら、そりゃあしわくちゃで色も褪せちゃうわね。おまけに芯も残ってたり。

M:豆の下茹でと同時に別鍋でさやを煮出して冷ました煮汁に出汁昆布一枚入れ軽く塩をして御飯を炊き、炊き上がりに豆を散らし酒を振りかけて蒸らします。これで豆は色鮮やかでかつ柔らかく、しかも豆の味が御飯全体に沁み渡ると。こちらはよそって切り胡麻を振って。

F:ありがとうございます、さすが西さんの秘技ね。一見素朴な青豆御飯にもそれだけの技巧をさり気なくめぐらせて。貴方のお母様は昔お出かけになったそうだけど私たちは間に合わなかったからせめて御飯を炊いて偲ぶことにしましょうね。

(Fin)