「幻想」の二都物語。

Masculin:またちょっと面白いことに気づいたんですよ…。

Féminin:ふ~ん、何かしら。まぁどうせ例によって他愛もないお話でしょうけどね。

M:💢ちょっと、いつもながらのツンデレとは言え失礼だなぁ…分かりました、また今度…。

F:…ゴメンナサイ、うかがいますわ。ご機嫌直して…ハイ、アナタの大好きなハー○ランドビール。

M:…ビール一本で籠絡されるわが身が情けないなぁ。いえまぁ確かに他愛もない話なんですけどね(シュポッ…トクトクトク)…プファーッ、いややっぱりハー○ランドは旨いなぁ、日本一!

F:…ホントに単純なんだから、ビール一本で。「二都物語」は昔、高校の頃にざっと読んだきりだけど。

M:いや、僕も小学生の頃に「クリスマス・キャロル」は読んだけど「二都物語」も「オリヴァー・ツイスト」も読まず仕舞いですね。でもディケンズの話じゃなく、「幻想交響曲」の話なんですよ。

F:なぁんだ…でもあの曲も考えたらロンドンとパリ、二つの都市と関わりが深いのね…ほら、ハリエット・スミッソンはロンドンからパリに来演してベルリオーズと出逢ったんだから。

M:まぁ確かにね。で、「幻想」と言えばまず誰もが指を屈する不朽の名盤シャルル・ミュンシュとパリ管弦楽団(EMI)ですけど、あれが収録されたのは’67年の10月21日から28日の間にパリのサル・ワグラムなんですよ。

F:翌月の創立記念公演に向けたリハーサルの最後に録ったって話だったわね。やっぱり創設されたばかりのオケだからかところどころ縦の線が合わなかったりもしてるけど、それを欠点と感じさせない圧倒的な情熱の賜物だわ。より熱量の高い創立公演のライヴも出たけど繰り返し聴くに適してるのは何て言ってもこれね。

M:…全部おっしゃって頂いてありがとうございます。ところがこれが興味深いんですけど、日程の重なるその同じ月の24、25日にロンドンでも同じ「幻想」が収録されているんですよ…。

F:へぇ、どなたの?

M:ピエール・ブーレーズロンドン交響楽団CBS盤、続編の「レリオ」と一緒に。場所は明記されてないけど恐らくロンドンのキングスウェイ・ホール。

F:ふ~ん、まあ偶然なんでしょうけど、およそ好対照ていうか正反対の演奏がパリとロンドンで同時期に…それで二都物語なのね、「幻想」の。

M:そういうわけで。つまり数多ある「幻想交響曲」の録音の中でも最も熱いミュンシュとパリ管と、それとは全く対照的に終始冷静にスコアを見つめ、4、5楽章はどうかしたら止まるんじゃないかってくらいのじっくり踏み締めるようなテンポのブーレーズとLSO盤と、この二種がほぼ同日にパリとロンドンで収録されていたなんて、偶然としても面白いと思いません?

F:確かにね、およそ「幻想交響曲」の録音で対局にある二種なのはその通りだわ。

M:それともう一つ興味深いのは、パリ管の創設はド・ゴール大統領の命を受けたアンドレ・マルロー文化相と作曲家マルセル・ランドフスキの主導で行われたわけですけど、ブーレーズはかねてからマルローの文化政策には反対していて同業のランドフスキとは犬猿の仲であったと。

F:ふ~ん、それじゃあパリでミュンシュが「幻想」を録音するのを知って、わざと同時期にロンドンで同じ作品を手掛けたってわけ?

M:まあ証拠はありませんけど「怒れるブーレーズ」の異名をとった人ですしね。それに同時に収録した「レリオ」の語りにジャン=ルイ・バローを呼んだのも。

F:バローとブーレーズってバロー=ルノー劇団の頃からの関係なのよね…あ、そうそう、翌年の五月革命でオデオン座の支配人の座を追われたのよね、バローは。

M:うろ覚えですけどあれはオデオン座を占拠した学生リーダーのダニエル・コーン=ベンディットにバローが共感を示したんでマルロー文化相の怒りを買ったんだとか。

 

(承前)