「御用金」(’69年フジテレビ・東宝)

Féminin:しばらく放置プレイされてましたわね…。

Masculin:…えっ、いやそんなつもりは。しょうもない時事ネタばかりでお姉様のお出ましをお願いするまでもないと…そう、この「御用金」、以前おすすめしたでしょう?

F:またごまかして…うん、確かに面白かったわ、スペクタクル時代劇としてはね…フジテレビの映画制作第一作だったですってね。役者さんの顔ぶれも豪華だし…そうこれでしょ、三船敏郎さんが降板して一時は制作中止になりかかったとか。

M:そうなんですよ。極寒の下北半島のロケ先の旅館でオフタイムに酒を酌み交わしていた三船と仲代達矢のご両人が些細な言い合いから旅館中を駆け巡る本格的なバトルになり、三船氏がそのまま夜汽車で帰京しちゃったと…意外に逃げ足が速かったんで。丹波哲郎氏によると黒澤明監督その人と作品について三船氏が酒の勢いで歯に衣着せず批判したのに仲代氏の堪忍袋の緒が切れたってことなんですけど、あの「大霊界」の丹波氏の証言だし真相は藪の中で。

F:あのお二人って黒澤監督の「用心棒」「椿三十郎」に小林正樹監督「上意討ち 拝領妻始末」ではどれも三船さんの勝ちだったし、仲代さんにフラストレーションが溜まってたのかしらね…実力はオレの方がだなんて(笑)。

M:そんな子供じゃあるまいし…でもその危機を錦ちゃんこと中村錦之助(当時)氏が代役を受けて事なきを得たとか…「おう、行ってやるよ!」と二つ返事で、現場入りしたら「よう、みんなこんな寒いとこでご苦労さんだなぁ!」とねぎらい殺伐としていたその場を和ませたと。でも収まらなかった向きもいて、脇で出てた西村晃氏は自身の出番が済んだんで既に帰京し、のんびり過ごしてたら突然三船さんが降りて撮り直すからもう一度来てくれと連絡を受けて激怒したと。

F:それはそうよね、遠くの寒いロケ地から戻ってホッと一息ついているのに。

M:二度行ってもギャラが二本分出るわけじゃないだろうと(笑)。おまけに酒呑み同士の酒の上の喧嘩などで周りを巻き込むだなんてけしからんと憤懣やるかたなかったと…西村氏は全くの下戸だったんですって。後年、雑誌「話の特集」で「正義の味方 下戸仮面」てタイトル通り酒の呑めない文化人の皆さんの座談会で鬱憤をぶちまけてました。

F:参加者は?

M:司会は編集長の矢崎泰久黛敏郎西村晃小沢昭一大西信行山藤章二の各氏です。

F:各界を代表する名うての下戸の皆さんだわ(笑)。一滴も呑まないひとって常日頃から鬱憤が溜まってるのね…騒がしいのやら割り勘のことやらできっと…アナタみたいに大酒呑みなのに騒がしいのは大嫌いなんてひとなら良いけど。でも出来上がった作品を観ると、三船さんがやるはずで錦之助さんが代わった公儀隠密の役って縛られて投げ出されてるだけの場面が多くて立ち回りも少ないし、もしかしたら三船さんが腹を立てたのはそのせいじゃなかったのかしらね。ご多忙を極めてもいらしたんしょうけど。

M:さてまあ、全ての真相は半世紀以上経った今となっては藪の中で。ただこれの監督の五社英雄って人は仲代氏とはフジテレビの「三匹の侍」から気心が知れていたんでしょうけど、三船氏とはそうではなかったでしょうしね。また後年も拳銃不法所持やら何やら、自分からトラブルを呼び寄せる人だったみたいで。だからあくまでも想像ですけど、酔った勢いで五社氏の脚本と演出スタイルをボロクソに貶した三船氏に仲代氏がブチ切れたってのが真相ではないかと。家を売るとまで言った仲代氏に五社氏はそんなことする必要はないと言ったそうだから。

F:でもラストの仲代さんと丹波さんの対決は迫力満点だし、その後の御陣乗太鼓のシチュエーションは少し長いけど印象的だわ。

M:まあフジテレビとしても制作第一作を危機一髪の局面があったにしても大ヒットで乗り切って次作「人斬り」につなげたんだから結果オーライだったんでしょうね…。

(承前)