Masculin:…って、マウリツィオ・ポリーニの訃報に接したばかりですけど、今日3月28日はディノ・チアーニがローマ市内で交通事故により32歳の若さで他界してからちょうど五十年なんです。来日も勿論無かったし国内盤もほとんど出てなかったから、日本では知る人ぞ知るというか無名に近い存在だったけど。
Féminin:確かポリーニより1歳上で、ともにイタリアでは期待の若手ピアニストとして将来を嘱望されていたのよね。ほら、私は貴方からお借りしたドビュッシーの前奏曲集のLPで初めて知ったんだけど、亡くなってもう数年経ってたかしら。
M:えぇ、僕も偶然にドイツ・グラモフォンの新進演奏家にスポットを当てたデビュー・シリーズの一枚で、唯一日本国内でリリースされていたシューマンの8つのノヴェレッテを聴いたのが最初だったんです。確か亡くなった翌年くらいだったと。それでビーレフェルダーのカタログで調べたらDGから出てたのはシューマンの他にウェーバーのソナタ第2、3番とドビュッシーの前奏曲集全二巻。すぐに今はない渋谷のヤマハで注文したんですけど何故か入荷せずで。
F:確か借りたのはモネ「睡蓮」のジャケットの廉価盤だったと思うけど。
M:そう、通常盤は何故か早々に廃盤で、日を置かずに再発されたようなんですけど忘れもしないその盤を神田神保町にあった博覧強記で知られた主の輸入盤専門店「H」で見つけたのが6月16日で、チアーニその人の誕生日だったんです。帰宅してから知り、ちょっと驚きました。
F:偶然といえば偶然なんでしょうけど…そう言えばアルフレッド・コルトーに学び、三十代の前半で亡くなったのはディヌ・リパッティと同じなのね。
M:そうなんですよ、ファーストネームも同じですからね。まあ難病と事故と、死因は違いますけど。それで正規のセッション録音はそのDGのLP4枚分で全てなんです。シューマンに先立つ同じ’68年2月にクラウディオ・アバド指揮でヤナーチェクのコンチェルティーノをロンドンでデッカが収録したけど何故か今日まで日の目を見ずで、後は全て放送録音とライヴですね。
F:最初に聴いたドビュッシーはとっても素敵だと思ったわ。響きの多い録音でムード的に聴こえかねないけど、決して標題に引っ張られているわけではないのに豊かな詩情を感じさせる名演と思うわ。
M:おっしゃるとおりです。やっぱり戦前のコルトーの名演を思い出させるようで。ウェーバーもシューマンも同様で、特にシューマンはこの曲集がもっと弾かれかつ聴かれるべき作品だと強く感じさせますね。その他はやや音質的に物足りないけど、若い頃からリートの伴奏を含め大変広いレパートリーを持っていたのは明らかで。
F:でも亡くなって半世紀経つのにこれだけ録音が生き残ってるのは、やっぱりイタリアでずっと忘れ去られることなく敬愛されているってことかしら…YouTubeにはコンサート映像もかなりあるし"Dino è vivo(ディノは生きている)"なのね。
(Fin)