「ブラームスはお好き?」〜ピアノ協奏曲第2番変ロ長調Op.83をめぐって。

Féminin:聴いてらっしゃる?「読響プレミア」。

Masculin:…えぇ、ご存知の宵っ張りですからね。お姉様こそ珍しいですねこんな時間に。昔は夜ふかしはお肌に良くないわなんて言いながらも長電話に付き合ってくれたけど。

F:うん、おかげさまでお肌のお手入れには習熟いたしましたのよ…今夜は本を読んでてつい遅くなり過ぎちゃって、ふとTVを点けたら大好きなブラームス変ロ長調コンチェルトが始まるところで。

M:やっぱりね、僕も藤田真央クンてピアニストは名前くらいしか知らなかったんで、とりあえずと聴いてました。

F:最近人気の若手のおひとりなんでしょうね、反田恭平さんなんかと並んで。

M:もう一人牛田智大クンと合わせて三「田」ピアニストなんて呼ばれてる…かどうかは知りませんけど。で、いかがです。まだ第3楽章だけど。

F:ウ~ン、どうも良く分からないわ正直。一言で言うとブラームスの音楽があんまり聴こえてこないの、私の耳には。

M:ハハァ、まあバックハウスベームのデッカ盤が刷り込まれてらっしゃるからなぁ…。

F:刷り込まれてなんて失礼ね。そりゃあ10代の頃から父のコレクションにもあったあの名盤でさんざん聴き馴染んだ曲だけど、それ以外にもいろんなピアニストで聴いてるわ…リヒテル、ギレリス、ブレンデルアシュケナージポリーニツィメルマンと。だから皆さん様々だけど、私なりにこの曲のイメージはつかんでいたつもりよ。

M:大好きな作品ですものね…あぁ、終わりましたけど、確かに僕としても保留ですね。同じくピアニストの考えてるブラームス像がどうもはっきりしないとでも。第1楽章はぶっきらぼうなくらい武骨な開始だったけど、第2楽章のアパッショナートはやや空回り気味で終楽章もあまりグラツィオーソじゃなかったし。指揮のヴァイグレも前から思ってたけど小型のティーレマンみたいで。

F:それと全体にもうひとつ歌心に乏しかったと思うわ…ほら、やっぱり一年くらい前にTVでチャン・ハオチェンて中国のピアニストがソヒエフとN響でこの曲を演奏するのを聴いたでしょ、一緒に私の家で。あの晩は誰かさんが例によって一人で赤ワイン一本空けてトロンとしたお目々で何だかブツブツ言ってたけど。

M:ワイン一本くらいでトロンとなったりしません…ウ~ン、最近は怪しいかなぁ。えぇ、あれは良く覚えてます。ブラームスというよりまるでチャイコフスキーラフマニノフみたいに聴こえて。それでもチャンの主張は明確でしたね…好き嫌いは別にして。藤田クンの場合はこんなことを言っちゃ失礼だけど、まだまだ自分の中でのブラームス像が確立してないような。その意味じゃもう演奏してるのかもだけどむしろ若書きのニ短調コンチェルトから手がけるべきだったのかなぁ。

F:さっき挙げた何人かだと、ポリーニツィメルマンはまだ若い頃だったわよね、録音が。

M:ポリーニの最初のは34歳、ツィメルマンは27歳の時ですね。ポリーニはこれもまだ若かったアバドと組んでまさにイタリアの「若き獅子たち(I giovani leoni)」そのものの快演でしたし、ツィメルマンバーンスタインの深い懐で臆せず堂々と振る舞った熱演でした。まあ指揮もオケも違うし一概に言えませんけど少し時期尚早なのかなぁ…。

F:まだ十分に熟し切っていない青い果実だったのかも…でも読響って上手いのねぇ。12型でも音の厚味に不足はないし冒頭のホルンも第3楽章のチェロも。昔は何だか力任せで荒っぽいオケの印象だったけど。

M:どこの国内オケも我々が記憶してる半世紀も昔とは、今やまるで別の団体みたいですね…まあ実際楽団員は完全に入れ替わってるでしょうけど。こんなことでも結局年齢を感じさせられるのは何とも…。

F:ねぇ、アナタの年齢はともかく、昔バックハウス盤は不満だっておっしゃってなかったかしら…あまりにも収まり過ぎてるって。

M:…あぁ、それはやっぱり当時脂の乗り切ってたソ連の両巨匠やポリーニと比べたからで。それこそラフマニノフみたいでなくはないけど圧倒的なスケールのリヒテルに、持ち前の鋼鉄のごときタッチで辛口の演奏を存分に聴かせるギレリス、それからアバドによる万全のサポートを得た若きポリーニの熱気と。それらに比べて晩年のバックハウスは枯れ過ぎみたいに感じて。でも改めて聴き返すと、やっぱり滋味溢れる永遠の名盤ですね。

F:あら、ずいぶん素直におなりですこと。でも藤田さんもまだまだこれからの人なんだから弛まず精進して欲しいわね。年齢を重ねてこそ出来ることもあるでしょうけど、若さだけが成し遂げられることだって勿論あるんだから。

M:そうですね。亡くなった小澤征爾さんの至言どおり「音楽をするのは生涯を賭けた実験」なんだから…。

追記。’24.3.23 R.I.P. Maurizio Pollini

(Fin)