カタラーニ生誕170年と映画「ディーバ」(’81仏)。

Féminin:というわけで今日はアルフレード・カタラーニのお誕生日、生誕170年ですって。

Masculin:カタラーニときたら「ラ・ワリー」、しかも名アリア「さようなら、ふるさとの家よ」、そしてジャン=ジャック・ベネックスの秀作「ディーバ」…まるで三題噺ですね。そもそもマリア・カラスがモノラル時代に「さようなら〜」を録音し、ステレオ時代にデッカでレナータ・テバルディマリオ・デル・モナコの全曲盤があったくらいで。

F:作曲家ご本人も三十代で結核で亡くなり、もう一つの代表作「ローレライ」も忘れられて何だか一発屋みたいに思われて。

M:「ラ・ワリー」もたまに上演されるみたいだけど到底主要歌劇場のレパートリーとして定着するには至らずで…というわけでカタラーニには申し訳ないけどすみやかに「ディーバ」の話へ…これどこでご覧になりました?

F:…どこでって一緒に観たじゃない。ほら、あの…。

M:変だなあ、僕は気になってたんだけど観そびれてCX系深夜の「ミッドナイトアートシアター」でひとり観たんだけどなぁ…あの枠は当時民放唯一のノーカット字幕スーパーCM中断なしだったんで申し分なかったけど。まさかもうお父様とご一緒じゃあなかったでしょ?さしもの箱入りでも…まあもともと凄くモテてたんですものね、知り合うずっと前から街で噂の美少女で。そのせいでお父様のガードが一層堅くなったって。

F:ハイハイ、アナタのスーパー記憶力には敵いませんわ。研究室の男性と一緒でございましたわよ。さすがにもうウチの父もアラサーの娘を連れ回すのは小津安二郎作品の父親みたいに気がとがめたらしくって…ってちょっと待って。その少し前にアナタが大事な話がってウチに来て、父も私も待ち構えてたらさんざんお酒ばっかり呑んでいささかも乱れずきちんと挨拶して帰っちゃったんじゃなかった?あの時は父娘して呆気にとられたのよ。父も「一体何の用で来たんだね、彼は」って。

M:…いやぁあの時は失礼をば。でもいざお父様を目の前にすると我と我が身の頼りなさが身に沁みて何も切り出せず、気がついたら夜も更けて失礼の無いように引き上げることばかりで肝心な要件はいずこで…。

F:あの晩が私たちのボタンの掛け違いの始まりだったのよね…それでも知り合ってから十年近く経ってたんだけど…でもその研究室の人もフランス映画はともかくクラシックやオペラには関心が無かったから…やっぱり誰かさんみたいにいろいろ話題が噛み合うひとと一緒じゃないとね。

M:ふ~ん、それで映画の後はどこか美味しいレストランをたかったんでしょ、そしていつものように食い逃げで。

F:また失礼ねぇ、食いしん坊だってお互い様でしょう。確かにソニービルの上のサバティーニ・ディ・フィレンツェへ行ったわ…あそこはその前に貴方とも行ったわよね。まだ珍しかった目の前で切り出す骨付きのプロシュットやゲリドンサービスのタリアテッレとか、これが正統派リストランテなんだって教わったお店だったわ。でもそんなわけだからその人とはそれっきりで。

M:そしてまたお姉様の食い逃げリストに1ページが加わったと…映画に戻りますけど、ミステリーとしてはプロットもそれほど斬新というわけでもないんだけど、何と言っても周辺に散りばめられた小道具が洒落ていて。また流麗なキャメラワークにウラディーミル・コスマの小粋な音楽。

F:そうね、その「ラ・ワリー」のアリアから、それを客席で隠し撮りしてる主人公の郵便配達青年のナグラ(小型テープレコーダー)、リシャール・ボーランジェの住居の不可思議なインテリアにそれぞれのバイクやクルマ。ロケ地もパリを歩いたことのある人なら思い出せる場所を上手く配していて。

M:原作はもっと生臭いハードボイルドらしいけど、それをこういう風変わりながら小洒落た仕上がりにしたのがベネックスの才気なんでしょうね。ほら、主人公とディーバが散策する払暁のパリ。チュイルリーからコンコルドって誰にも分かりやすいあたりだけど実に素晴らしいシーンですよね…覚えてます、この映画より前に早朝の銀座を作中のふたりさながらにそぞろ歩いたのを。まだお互い二十代だったなぁ…。

F:もちろん覚えてるわ。貴方が写真をやってた中学生の頃、人気の少ない朝の銀座に良くカメラを持って出かけてたんですよって聞いて興味が湧いたの…ほら誰もいない銀座四丁目交差点をレリーフフォトで仕上げた貴方の自信作も見せて貰ったわね。素敵だったわ、賑やかで華やかな昼の銀座と違うすがすがしさにほんの少しのほこりっぽさも。今ではたぶんもう得られない興趣だわ。コープランドに「静かな都市(Quiet City)」ってトランペットとイングリッシュホルンに弦楽の小品があるけど、そのままだったわね。この映画の朝の場面にもフィットしそうで…またコロナ禍の始まりの頃にもニュースで人影の消えた銀座を見て四十年も前のあの朝を思い出してたわ。

M:そしてその後は築地の場内のお寿司屋で魚河岸の男衆に混ざって視線を一身に浴びながら朝からにぎりかちらしをガッツリってお姉様ならではのコースでね(笑)。

F:またもう…アナタだって朝まで呑み明かして同じ場内の印度カレー屋さんで〆カレーだなんて無茶をしてたんでしょ…「ディーバ」の素晴らしいパリの朝からとんだ脱線だわ。ねぇ、これとちょうど同じ頃に森田芳光監督がデビュー作で撮った「の・ようなもの」にも東京の素敵な朝の情景があったわね。

M:そうそう、あれは主人公の若手落語家が早朝の下町を道中づけしながら歩く素晴らしいシーンでしたね。同時期に偶然の所産でパリと東京の朝が並び立ったみたいで。

F:あそこで主人公は彼女のお父さんの前で一席うかがってダメ出しされて、ひとり深夜の下町を彷徨うのよね…あの晩の貴方と少し似てるかも。

M:…そうだ、作中のディーバのモデルはレオンティン・プライスって言われてますけど、ちょうどこれがヨーロッパで公開された’81年の春に僕もロンドンで未だ来日してなかった大変なひとを聴いたんですよ。

F:あら、どなたかしら。

M:ジェシー・ノーマン

F:あぁ、おっしゃってたわね。確かマーラー大地の歌」だったって。

M:ロイヤル・フェスティバル・ホールでサー・コリン・デイヴィス指揮ロンドン響にテノールはジョン・ヴィッカーズでしたけど、いや見事でした。特に「告別」ではあのRFHのだだっ広いステージにノーマンの姿のみが神々しく浮かび上がるようで。これを観た時に思い出したのはその晩のことですね。

F:良かった、盗み撮りなんかしなくても同じ顔ぶれでフィリップスに正規の録音がありますものね。

(承前)