紙幣の肖像になるということ。

Féminin:ねぇ、「アラビアのロレンス」を初めて観たのは同じ時よね、’71年のリヴァイヴァル。銀座のテアトル東京で。

Masculin:そうですね。僕は中2、お姉様は高2だったはずで…一緒じゃなかったけど。

F:知り合う前だから一緒でもなかったし、今さらサバ読んでもいませんわよ。ほら後で完全版のレーザーディスクを貴方のお家で観てあらっと思ったんだけど、冒頭でピーター・オトゥールが演じた主人公トマス・エドワード・ロレンスが事故死した後のセントポール大聖堂での葬儀の場面で、ロレンスの胸像を前にしたアンソニー・クエイルと牧師さんとのやりとりで

 「いや、実に特別な男でした…」

 「ほう、彼をご存知で?」

 「えぇ、良く知っていました」

 「…なるほど、ですがさてこの大聖堂に胸像が飾られるに相応しいほどの方だったのですかねぇ。」

 「……」

 こんな短いシーンがあったでしょう。

M:そうでしたねえ、最初リヴァイヴァルで観た時にはあのシーンはカットされて無かったと思うけど。まあ「〜ロレンス」自体、リヴァイヴァルなどの度にあちこちカットされたりしていて、’80年代後半にスピルバーグやスコセッシにルーカスの音頭取りで今観られる完全版がレストアされて、我々もようやく本来の作品の全体像を知ったんですよね。またT.E.ロレンスその人も今なお声価の定まらないところが…それが何か?

F:ウン、今度新一万円札の肖像になった人について、似た感想を持ったの。果たしてお札しかも最高額紙幣の肖像になるほどの方だったのかしら…新五千円札と新千円札の人は女性枠と文化人枠で順送りの感はあるけどまあ妥当かなって。

M:…ハハア、まあ確かにね。新一万円札の肖像に決まる前後に大河ドラマの主役にもなったし、「日本資本主義の父」なんて持ち上げる向きも特に近年少なくないみたいだけど、意地の悪い見方をするなら今の日本に蔓延している一種の拝金主義の元祖であるとも。まあ経済オンチのお姉様としてはそうお考えになるのも無理ないかなぁ(笑)。

F:…また例によって一言多いんだから。経済オンチと食いしん坊は父譲りなんでございますのよ。でも幾つもの大きい会社を興したりする一方で社会貢献も少なくなかった方みたいだし評価はさまざまなんでしょうけど。まあお札の肖像画としてはご子孫を沢山残されたし、文化人の皆さんよりむしろ相応しいひとなのかも…皮肉をこめてね。

M:…。

(Fin)