R.I.P. Minori Terada〜寺田農氏のこと。

Féminin:俳優の寺田農さんが亡くなったのね…。

Masculin:…えぇ。それほど沢山のお仕事に接してはいないけど、印象的なものは幾つか…特に岡本喜八監督「肉弾」はやはり代表作でしょうね。勿論我々ごときが同世代的共感だなんて言えるわけもないけど。

F:あれは父も大好きな作品だったの。同じ時代にもしかしたら似たような体験をしてたかも知れないし、ああいう重いテーマを声高でなくむしろ詩情と奇妙なユーモアで描いた稀有な一本だって言ってたわ。勿論、寺田さんと大谷直子さんの熱演も。

M:同感です。それ以外にも寺田氏の出演作は印象的なものが少なくないけど、覚えてらっしゃいます?’96年の秋にストラヴィンスキーの「兵士の物語」の上演をご一緒に観たのを。今はない虎ノ門JTアートホール・アフィニスで。

F:うん、実相寺昭雄さんの演出で寺田さんの兵士、東野英心さんの悪魔だったわ。気心の知れた同士で、堂に入ったステージだったわね。でも報道を見ると「天空の城ラピュタ」のムスカ大佐が代表作みたいに書いてるのが幾つも…。

M:ウ~ン、まあ「〜ラピュタ」は文句なしの秀作だし寺田氏も印象的ではあったけど、声の仕事が中心だった方でもないし。

F:ほら前にアンソニー・クインが亡くなった時に公共放送が「名脇役クイン氏死去」って報じたのをアナタ怒ってたけど、いつの場合も世間一般の評価って必ずしも当を得ていないのは珍しいことでもないから。

M:その通りですね…心からご冥福をお祈りします。

(Fin)

「一安心」から一週間後の「青天の霹靂」。

Masculin:いやぁ朝一番で、こんなに驚かされるのも…。

Féminin:本当にね。みんながビックリしたあおりで栃木で震度5弱地震が起きてしまったみたいで。

M:ちょうど一週間前に「一安心」て書いたばかりで、しかも韓国での開幕戦も無事に終えた翌日にまさかこんな…。

F:思い返せば…なんて声もあるみたいだけど、まだ全体像は明らかじゃないんだし憶測でものを言うのは慎むべきでしょうね。ただ明らかなのは少なくともカリフォルニア州では違法とされていることに手を染めて、巨額の損失を出したってことよね…つくつくギャンブル依存症て怖いものだわ。そう言えば貴方っておよそギャンブルと無縁ね。競馬は大好きだけど馬券はほとんど買わないんでしょう。

M:そうですね。中学時代にスピードシンボリ有馬記念連覇を観て純粋にスポーツとしての競馬にハマったんで、それがむしろ良かったんでしょうね。大人になってからはたまに馬券買って当てたり外したりはしましたけど、ギャンブルとしてのめり込むことは皆無でした。

F:そうね、だから人と競馬のお話していても、お相手が馬券の勝ち負けのことばかり話しだすと、こっそりイヤな顔してすぐに別の話題に切り替えてたわよね。

M:麻雀も学生時代に一応覚えたけど三人も集まればこれまたイヤな奴が必ず混じるし、パチンコはあの騒音とケムリだけでアウトで。

F:ウチの父も古いお友達とたまに雀卓を囲むことがあったらしいけどそれだけ。あの人はパチンコ好きだったけどそれほどのめり込むでもなく、収支は煙草を定価でフツーにお店で買ってるようなものだよって。つまりは私の周りの殿方は皆さん人畜無害に近かったのね。

M:「呑む、打つ、買う」って言いますけど、ボクの場合は「呑む」に特化してるわけで。

F:本当かしら?「打つ」はともかく、もうひとつはかなり怪しいわねぇ…まあ昔のお話で、今はもう身体の方がついていかないんでしょうけど(笑)。

M:ゴホン、ゴホン…それはともかく、今回の件でちょっと思い出したんですよ。ほら、寅さんシリーズの第4作「新・男はつらいよ」(’70)はご覧になってます?

F:うぅん、たしか第3と第4作は山田洋次監督が脚本だけ書いてメガホンを執らなかったのよね。だからってわけでもないけど。

M:そうですか。いやあそこでは寅次郎(渥美清)が競馬で大穴を当て、長年迷惑をかけっぱなしのおいちゃん(森川信)とおばちゃん(三崎千恵子)をねぎらうべくハワイ旅行に連れて行こうと思い立つんです。ところがかつての舎弟・登(津坂匡章)の働いてる旅行社に現金を預けたら、目がくらんだそこの社長(浜村純)が持ち逃げして…。

F:…ちょっと似ているのかしら、今度のことと。そりゃあ通訳としては普通に十分な待遇だったんでしょうけど、周りのメジャーリーガーの生活ぶりを見てるとつい目が…なんて。

M:まあ映画ではトンズラした社長のその後は描かれず、ご近所にハワイ行きを盛んに触れ回った一家が体裁悪くって自宅に籠ってたら間抜けな空き巣狙い(財津一郎)が忍び込み、その捕物騒ぎで全てが明るみに出ていたたまれなくなった寅次郎は旅に出るってお馴染みの展開なんですけどね。

F:その社長も空き巣も根っからの悪人なんかじゃなく小悪党なんでしょうね、せいぜい。でもそもそもの寅さんが旅行の資金にしようとしたのも競馬で当てたお金なんだし、それが社長の出来心と空き巣を呼び込んだって少し教訓的な意味合いもね。今回の前通訳氏がギャンブルにのめり込むきっかけが何だったかはまだ分からないけど、やっぱり"Easy come,easy go(悪銭身につかず)"なのかしらねぇ。そうそう、池波正太郎さんのお馴染み「鬼平犯科帳」にもぴったりの言葉があるわ。

「人間というやつ、遊びながらはたらく生きものさ。

 善事をおこないつつ、知らぬうちに悪事をやってのける。

 悪事をはたらきつつ、知らず識らず善事をたのしむ。これが人間だわさ。」(「鬼平犯科帳〜谷中いろは茶屋」)

M:もうひとつありますよ。

「人のこころの奥底には、おのれでさえわからぬ魔物が棲んでいるものだ。」(「同〜むかしなじみ」)

 せっせと裏金作りに精出してたどこかの政党の皆さんも思い知らされるべきですね…。

(Fin)

「ブラームスはお好き?」〜ピアノ協奏曲第2番変ロ長調Op.83をめぐって。

Féminin:聴いてらっしゃる?「読響プレミア」。

Masculin:…えぇ、ご存知の宵っ張りですからね。お姉様こそ珍しいですねこんな時間に。昔は夜ふかしはお肌に良くないわなんて言いながらも長電話に付き合ってくれたけど。

F:うん、おかげさまでお肌のお手入れには習熟いたしましたのよ…今夜は本を読んでてつい遅くなり過ぎちゃって、ふとTVを点けたら大好きなブラームス変ロ長調コンチェルトが始まるところで。

M:やっぱりね、僕も藤田真央クンてピアニストは名前くらいしか知らなかったんで、とりあえずと聴いてました。

F:最近人気の若手のおひとりなんでしょうね、反田恭平さんなんかと並んで。

M:もう一人牛田智大クンと合わせて三「田」ピアニストなんて呼ばれてる…かどうかは知りませんけど。で、いかがです。まだ第3楽章だけど。

F:ウ~ン、どうも良く分からないわ正直。一言で言うとブラームスの音楽があんまり聴こえてこないの、私の耳には。

M:ハハァ、まあバックハウスベームのデッカ盤が刷り込まれてらっしゃるからなぁ…。

F:刷り込まれてなんて失礼ね。そりゃあ10代の頃から父のコレクションにもあったあの名盤でさんざん聴き馴染んだ曲だけど、それ以外にもいろんなピアニストで聴いてるわ…リヒテル、ギレリス、ブレンデルアシュケナージポリーニツィメルマンと。だから皆さん様々だけど、私なりにこの曲のイメージはつかんでいたつもりよ。

M:大好きな作品ですものね…あぁ、終わりましたけど、確かに僕としても保留ですね。同じくピアニストの考えてるブラームス像がどうもはっきりしないとでも。第1楽章はぶっきらぼうなくらい武骨な開始だったけど、第2楽章のアパッショナートはやや空回り気味で終楽章もあまりグラツィオーソじゃなかったし。指揮のヴァイグレも前から思ってたけど小型のティーレマンみたいで。

F:それと全体にもうひとつ歌心に乏しかったと思うわ…ほら、やっぱり一年くらい前にTVでチャン・ハオチェンて中国のピアニストがソヒエフとN響でこの曲を演奏するのを聴いたでしょ、一緒に私の家で。あの晩は誰かさんが例によって一人で赤ワイン一本空けてトロンとしたお目々で何だかブツブツ言ってたけど。

M:ワイン一本くらいでトロンとなったりしません…ウ~ン、最近は怪しいかなぁ。えぇ、あれは良く覚えてます。ブラームスというよりまるでチャイコフスキーラフマニノフみたいに聴こえて。それでもチャンの主張は明確でしたね…好き嫌いは別にして。藤田クンの場合はこんなことを言っちゃ失礼だけど、まだまだ自分の中でのブラームス像が確立してないような。その意味じゃもう演奏してるのかもだけどむしろ若書きのニ短調コンチェルトから手がけるべきだったのかなぁ。

F:さっき挙げた何人かだと、ポリーニツィメルマンはまだ若い頃だったわよね、録音が。

M:ポリーニの最初のは34歳、ツィメルマンは27歳の時ですね。ポリーニはこれもまだ若かったアバドと組んでまさにイタリアの「若き獅子たち(I giovani leoni)」そのものの快演でしたし、ツィメルマンバーンスタインの深い懐で臆せず堂々と振る舞った熱演でした。まあ指揮もオケも違うし一概に言えませんけど少し時期尚早なのかなぁ…。

F:まだ十分に熟し切っていない青い果実だったのかも…でも読響って上手いのねぇ。12型でも音の厚味に不足はないし冒頭のホルンも第3楽章のチェロも。昔は何だか力任せで荒っぽいオケの印象だったけど。

M:どこの国内オケも我々が記憶してる半世紀も昔とは、今やまるで別の団体みたいですね…まあ実際楽団員は完全に入れ替わってるでしょうけど。こんなことでも結局年齢を感じさせられるのは何とも…。

F:ねぇ、アナタの年齢はともかく、昔バックハウス盤は不満だっておっしゃってなかったかしら…あまりにも収まり過ぎてるって。

M:…あぁ、それはやっぱり当時脂の乗り切ってたソ連の両巨匠やポリーニと比べたからで。それこそラフマニノフみたいでなくはないけど圧倒的なスケールのリヒテルに、持ち前の鋼鉄のごときタッチで辛口の演奏を存分に聴かせるギレリス、それからアバドによる万全のサポートを得た若きポリーニの熱気と。それらに比べて晩年のバックハウスは枯れ過ぎみたいに感じて。でも改めて聴き返すと、やっぱり滋味溢れる永遠の名盤ですね。

F:あら、ずいぶん素直におなりですこと。でも藤田さんもまだまだこれからの人なんだから弛まず精進して欲しいわね。年齢を重ねてこそ出来ることもあるでしょうけど、若さだけが成し遂げられることだって勿論あるんだから。

M:そうですね。亡くなった小澤征爾さんの至言どおり「音楽をするのは生涯を賭けた実験」なんだから…。

追記。’24.3.23 R.I.P. Maurizio Pollini

(Fin)

言葉を失うとはこのことか…。

 少し前にテレビ○日の新人女子アナが生番組でごく自然に「…全然違くて(違ってもしくは違いますの意か?)」と発したのを聞き、ヤレヤレと思ったのですが今度はまさに本日フ○テレビのやはり新人女子アナがイヴェントMCで「何卒(なにとぞ)」を堂々と「なにそつ」と読み上げ、直後社長直々に注意を受けたとやら。そしてつい今しがた、T○Sのニュース番組で若手男性アナがボードの読み上げで「!!」を「ビックリビックリ」とやらかすのを聞き、観ていたこちらも大いにビックリしました。そう言えばかなり昔、某大手出版社でやはり新人が同じことをのたまい、即座に「ビックリ君」のあだ名を奉られたとか。まあそれぞれを「違くてアナ」「なにそつアナ」「ビックリアナ」と呼ぶことにいたしましょう。

 またやはり言葉を生業(なりわい)にしている落語界でも、先日某若手真打が「笑かす」とやらかすのを耳に。「違くて」同様、若い世代がしばしば使う妙な日本語ですが、時とともに言葉が変わりゆくのは致し方ないとしても、今の時点ではあまりにも性急に過ぎる変化ではありませんかね。しかも日本語のプロフェッショナルたるアナウンサーや落語家が…嗚呼、令和日本果たして何処へ往く…。

(Fin)

チーズフォンデュは本当に胃の中で固まるのでありましょうか?

Masculin:三寒四温の言葉通りのような今日この頃ですね。

Féminin:なぁに、まるで公共放送のキャスターみたいな口調で。紋切り型は嫌いって若い頃からおっしゃってたのはどなただったかしら?

M:…そりゃあ時候のあいさつなんてのはすなわち紋切り型ですけど、むしろ珍奇なことを口走って関心を惹くようなのはお姉様だって昔からお好きじゃなかったでしょ?群がる軽佻浮薄な連中を歯牙にもかけなかったんだから。

F:まぁ確かにね。そんなやり方でしか関心を惹くことができないなんて、所詮は薄っぺらいひとですもの。ところで思い出していたの。もう大昔だけど、ちょうど今頃の春先に初めてチーズフォンデュを一緒に食べたんじゃなかったかしら。お互いまだ学生の頃、銀座のどこかで。

M:あぁ、そうでしたねぇ。あれは並木通りの八丁目に今もある中島商事ビルの2階にあったМ治チーズサロン、М治乳業直営の。

F:(笑)相変わらず無駄に優秀な記憶力ですこと。それをもっと他のことに役立ててたら…。

M:またそれを…「歩く備忘録」だから助かるわなんて軽い皮肉ならまだしも。ほら、あれ以前にも四谷の左門町にあったSシャレーで知ってたんですよ、チーズフォンデュは。

F:あら、私もあそこは出来たばかりに出かけたわ、父と一緒にお呼ばれで高校の頃。確か大阪の料亭のお嬢さんがオーナーでらしたのよね。でもその時はフォンデュ・ブルギニョン(オイルフォンデュ)の方が印象に残ってるけど。

M:あそこもその後新宿の高層ビルから麻布十番に移って。あと六本木の俳優座の並びにあった東京Sインも東麻布でやってるとか。でも半世紀以上も前の都心にチーズフォンデュを出すスイス料理店が三軒もあって、しかも個人経営の二店が今も健在なんだから、戦後ある時期までのわが国は永世中立国への憧れが強かったんですかね。

F:大国の傘の下でなく、自前の強力な軍隊で平和を守ってる永世中立国なのよね、スイスは…それが鳩時計しか生み出していないかは判らないけど。あとひとつ鍋を一緒につつくのが日本人にウケたんでしょうね。それはともかくチーズフォンデュはお家でも作ってるんでしょ、以前から。

M:えぇ、昔オイルフォンデュ用の銅鍋セットを貰ったんでチーズ用の土鍋だけ買い足して。まぁもともと家庭料理みたいなものだし何も難しくはないですよ。鍋底にニンニクの切り口をこすりつけ、辛口の白ワインを煮切って刻むかシュレッドしたグリュイエールとエメンタールを半々に入れ煮溶かし、キルシュワッサーで溶いたコーンスターチでつないで黒胡椒をガリガリと挽き一方に皮を残した一口大のバゲットをからめて食べる、それだけですから。チーズの割合や種類は好みですけど、これが基本かつベストと思います。バゲットの代わりに好みの野菜でバーニャ・カウダみたいにも。鍋底にこびりついたチーズをこそげないよう気をつけて、最後にタルトみたいになったお焦げがお愉しみで。ただし食後の換気は大切ですね、チーズ好きでは人後に落ちないワタクシでも。

F:身体を悪くする前は常時十種類前後のナチュラルチーズを冷蔵庫に常備してたんですものね。キルシュワッサーは製菓用で良いんでしょうけどアナタのことだからやっぱり呑んで美味しいのを使うんでしょう。ほら、伊丹十三さんも書いてらしたけど、チーズフォンデュを鱈腹食べて冷たいビールをがぶ呑みしたアメリカ人が、胃の中でチーズが一塊りに固まって大変な苦しみで七転八倒しながら亡くなったとか…ホントの話なのかしら…。

M:いかにも起こりそうなケースですけど眉唾だなぁ、よっぽど大量のチーズとビールを肚に収めないとまさかそんなことにまでは。かなり前にSントリーが広報記事でまったく心配ありませんと躍起になって否定してました。落語の「そば清」や「エイリアン」第一作みたいな食べ物にまつわる怪奇譚の一つなんでしょ。

F:伊丹さんてある時期まではかなりのアメリカ嫌いでらしたのよね…「モナ・リザ」を観て"But ,it’s so small!"とか、ポンペイの遺跡を見て「こりゃまた徹底的に爆撃されたものだな」と叫んだとか、マルセル・マルソーのパントマイムを客席でいちいち声に出して説明したとかみんなアメリカ人の呆れるような話をエッセイで。

M:近所の英会話ならぬ米会話教室を冷やかしたら講師として自分の名もまともに発音出来ない男が出て来たなんてのもね…まぁさっきの永世中立国の話じゃないけど、アメリカの傘の下で暮らしてる’60年代の日本人インテリのアンビヴァレントな気持ちの表れで。

F:ねぇ、そう言えばその初めてチーズフォンデュを一緒に食べた時、アナタからパンを鍋の中に落としたら罰ゲームで女性は男性とキス、男性は一気呑みって教わって私が落っことしちゃったらアナタ何て言ったか覚えてる?

M:いや、何て言いましたっけ…。

F:「キスはもう結構です、ワインの方がうれしいなぁ」って…ちょっぴり傷ついたのよ。

M:へへぇ、そんなこと言いましたっけ。あの頃はお互い若かったんですけどねぇ…でもフランスにこんな小噺があるんですよ。

「さるお屋敷のご主人がある晩遅く、酔っ払ってご機嫌で帰宅しました。ところがうっかり塗り替え最中の寝室の壁に手をついてしまい、翌朝仕事にやって来た職人の親方にさっそく奥様が

『ちょっと、夕べ家の主人が寝室で触ったところを見てくださらない?』

 すると親方はもじもじして

『…いやぁせっかくですが奥さん、あっしももういい年ですからワインの一杯でもご馳走になる方がありがたいんで』」

 とまあ、ファルス(艶笑譚)の一席で。

F:ふぅん、昔からどちらかと言うと草食系のアナタだったけど、今やそこまで涸れ果てちゃったの。それじゃあニンニクマシマシのワタクシ流特製チーズフォンデュを用意して、今夜はお待ちしておりますわ!

(Fin)

 

一安心。

Féminin:…って何が?そりゃあ世の中は心配事だらけですけど、病気持ちのくせにまた結局呑んだくれに戻っちゃったアナタにそんな何かがあったかしら。

Masculin:呑んだくれとは失礼だなぁ。先がもう見えてるからこそまたささやかに呑んでるだけじゃないですか。そりゃあ以前は縦横斜めどこから見ても恥ずかしながらおっしゃる通りでしたけど、丸二年の停酒後の今となっては可愛いものですよ、嘗めてる程度で…いや、少し前から世の話題の中心だった「オオタニショウヘイ」の奥さんのことで。

F:あぁ、ご本人自ら公表する前からもう特定されていたみたいだけど、やっぱりその方だったみたいね、元バスケット選手の「タナカマミコ」さんだとか。でも身長差を含めてホントにお似合いのカップルみたいだし、これで騒ぎも一段落じゃない。おめでとうございますの一言ね。

M:それはもう、今や紛れもない世界球界の至宝ですからね、公私ともに平穏かつグラウンドでの一層の活躍を期待したいもので。ところでその一安心ですけど…。

F:そりゃあ「オオタニ」くんの今シーズンは去年の秋に手術した右ヒジの様子を見ながらのDH専業だし、でもプレシーズンマッチを観るとまるで心配ないんじゃないかしら?

M:いやぁ、そりゃあ本人のコンディションについては何の心配もしてませんよ。そうでなくお相手のことで。

F:あら、だって身長は180cmほどでちょうどのバランスだし、とても綺麗なひとでいかにもお似合いでしょう?

M:いや、そうでなく、「タナカマキコ」じゃなくて良かったなあと。

F:…もう、また突拍子も無いことを。そんなわけもあるわけないじゃあないの。

M:いや、でも一瞬勘違いした粗忽者もいないとは言えないかもですよ。さんざん中央政界を引っ掻き回し騒がせた挙げ句にあの御殿のような自宅をこの新年早々失火で全焼させて…まるでワーグナーの楽劇「神々の黄昏」の大詰で、父の大神ヴォータンが築いた巨城ヴァルハラに火を放ったブリュンヒルデさながらのあの猛女と…まぁ冗談はさておき「オオタニ」夫妻が"live happily ever after"であることを…。

(Fin)

マイ・ベスト・サンドウィッチ。

Masculin:今日はサンドウィッチ・デイ。例によってどこかの団体が頭をひねった故実ならぬこじつけだそうです…3と3とで1をはさんでるとかって。

Féminin:何だか笑う気にもならないわねぇ…もうひとつこれもどこかのパン屋さんだかが11月3日のサンドウィッチ伯爵のお誕生日でサンドウィッチの日を勝手に決めたとか。

M:記念日なんてのは言った者勝ちで何でもありなんですよねぇ…一句出来ました。「逞しき商魂のみが透けて視え」お粗末…ところで食いしん坊のお姉様が一番お好きなサンドウィッチって何です?

F:一番て訊かれても…あぁそうそう、密かに好きなのがあったわ。普通の食パンで普通のプロセスチーズをはさんで耳を落としただけのサンドウィッチ。幼稚園の頃、良くお弁当に持たされたの。

M:へぇ、お姉様の幼稚園の頃に食パンはともかくプロセスチーズってもうありました?

F:ちょっとまた失礼ねぇ、三つしか違わないのに。ほら母が忙しい朝に少し手抜きして作ったらしいんだけど、私が美味しいって言ったものだからかなりの頻度で。でもイヤじゃなかったから文句も言わなかったけど。幼稚園もお行儀の良い子ばかりだったから「○○ちゃんのお弁当、おかしい〜」なんて笑われたりもしなかったし。チャーリー・ブラウンのピーナッツバターのサンドウィッチとはちょっと違うわ。

M:C.B.はひとり友達から離れたベンチで「またピーナッツバターか…」とため息つきながらもお母さんの事情は理解してるんですからね。チーズだけなんですか…ハムとか野菜は?

F:チーズだけなの。マヨネーズを薄く塗って5ミリほどのをはさむだけで子供だから胡椒も辛子もなし。実を言うとワタシ、ほんの小さな頃はかなりの偏食だったの。だから普段の家での食事も母は気を揉んでたみたいで…でもだんだんそれも治って、一緒にキッチンに立つようになったら母が患ってそのまま…。

M:…そうだったんですね…だけど意外だなぁ、知り合った頃からはずっと変わらずの食いしん坊かつ痩せの大食いで、そのせいか奇跡の美魔女を保ってらっしゃるお姉様が。でもその幼い日の偏食のせいで背はスラリと伸びてらしたけど、ナイスバディからは程遠い前後ろ不明のまな板みたいなメリハリの無さだったのかなぁ(笑)。

F:ん〜もう、だからあまり話したくなかったのに…まあシンプル過ぎでカルシウム以外の栄養バランスは問題ありかもだったけど、時々懐かしく思い出すのよそのチーズサンドを。一種のおふくろの味だったのね。貴方は?

M:ウ~ン、そういう密かにってのは無いなぁ…伊丹十三は自分の場合コッペパンに冷えた薄っぺらいカツのカツパンがそれに当たるって書いてたけど。あとサンドウィッチパーティで具が乏しくなってからの苺ジャムとサラダ菜のサンドウィッチと…僕も冷蔵庫開けて目についた材料を片っ端からはさみ込むダグウッド・サンドウィッチは高校時分に良く作ったけど…そうだ、昔ロンドンとパリの5つ星ホテルのルームサービスでクラブ(ハウス)・サンドウィッチを食べたなあ、正統的なのを確認したくって。

F:これも伊丹さんが書いてらしたけど、ああいうものをなりふり構わず食べるにはルームサービスに限るって…実践したのね。ホテルは?

M:フッフ、ロンドンはストランドのサヴォイ、そしてパリはかのプラス・ヴァンドームのリッツでございました。

F:…そう言えば一番安い飛行機で一番高いホテルになんてプランでひとり旅立ったことがあったわねぇ、呆れた。ハネムーンに取っておいてくれたら…。

M:いつの話かなぁ…ロンドンはその晩にテムズ川挟んで対岸のロイヤル・フェスティバルホールの演奏会にウォータールー橋を歩いて渡る前の腹ごしらえに。でも両ホテルとも基本は同じでしたね。三段でフィリングは下からローストチキン、トマトのスライス、千切りのレタス、サヴォイは茹で玉子のスライス、リッツは薄焼き玉子で、クリスピーベーコンははさまずにてっぺんにトッピング。カットはしておらずちゃんとカトラリーとナプキンが付いてました。サヴォイのは質実剛健な感じでリッツの方が少し小ぶりでお上品だったなぁ。

F:そう言えば父が思い出話してたんだけど、戦前の銀座に「常夏」って喫茶店があって、そこの名物で海苔サンドってのが妙に旨かったんだよって。父によると胡麻よごしの和え衣とバターをトーストした薄切りパンの両面に塗って海苔をはさんであったとか。

M:それ、僕も母からそれ聞きました。ちょっと作りたくなりますね、ヴァン・ムスーかビールの合いの手に。

F:神田に海苔トーストって出してる喫茶店があるらしいけど、微妙に違うみたいね。でもお母様もかなりの食いしん坊さんでらしたのねぇ。前から思ってたけど、嫁姑できっと気が合ったでしょうに誰かさんが煮えきらなかったから…。

M:…またそんな昔のしかも仮定の話を…でも食いしん坊はお姉様に引けを取らなかったでしょうね。サンドウィッチから脱線しますけどやっぱり戦前の銀座に小津安二郎古川ロッパも贔屓だった「エスキモー」って店があって、そこの「新橋ビューティ」ってパフェは母と同世代の池波正太郎吉行淳之介の両氏も書いてますけど、当時大人気だったと。

F:どんなパフェだったの?

M:昨今のものほど満艦飾でもなく細いグラスに四〜五色のアイスを層にして重ね入れただけらしいんですけど質は高かったらしく、10代半ばの母は毎日のようにそれを食べ黄疸が出て、出来たばかりの聖路加国際病院に担ぎこまれ入院したんですって。

F:ふ~ん、ご立派だわ。それじゃあ貴方のお家はお祖母様に叔父様も含めて聖路加とは出来たばかりからずっとのお付き合いなのね。

M:鐘楼の天辺に十字架のある今の一号館から建設中の勝鬨橋が良く見えたと言ってました。でも戦前で衛生状態も今より良くなかったろうから当時はウィルスも未発見だった肝炎にかかったんでしょうね。サンドウィッチに戻りますけど、最近流行りのホイップクリームに季節の果物を加えたフルーツサンドっていかがです?

F:ウ~ン、あんまり興味無いわ。スイーツでも軽食でもなく中途半端な感じで。和風の玉子焼をはさんだ玉子サンドもそれほど。日本で最近流行りつつあるのではベトナムバインミーの方が良いと思うわ。それからデンマークのオープンサンドのスモーブロー。あとは流行りと無関係だけどやっぱりシンプルなキャス・クルートね。ただしあれもバゲットとハムにチーズとバターが全部ちゃんとした本物じゃないと。

M:バインミーは確かに良いですね、米粉入りのもっちりしたベトナムバゲット紅白なますパクチーたっぷりの意外性で。スモーブローはもう一枚のパンでフタをしたらダグウッドサンドじゃないかなんて茶化したくなるけど…そうだ、お姉様と知り合った年の学校の遠足に、そのキャス・クルートを自作して持って行ったんですよ。長瀞だったなぁ行き先は。バゲットはドンク、ハムはローマイヤ、バターはトラピスト。ヴァン・ロゼを一本持って行き岩畳でやりたかったけどさすがにそういうわけには。

F:もう、高校生が遠足にワイン持って行ったりしたら大問題よ、いつの時代でも。だけどやっぱり流行り廃りよりも定評のあるのが一番ね。クロック・ムスュウもカフェで出すようなソース・ベシャメルのかかったのでなく、バーで出てくるたっぷりのバターで押さえながらこんがり焼いただけのが好き。ねぇ、最近流行りの低温でじっくり揚げた白っぽいとんかつ、あれはあれで勿論美味しいと思うけど、カツサンドにはどう考えても不向きね。

M:そうですね、かつ丼もカツカレーもそうだろうけど、やっぱり薄目の肉をきつね色に揚げたカツこそがサンドウィッチ向きで。でも肉の繊維を叩いて潰した「まい泉」のヒレカツサンドはサンドウィッチとしての一体感を重視した名回答ですね。

F:でも結局ベストのサンドウィッチなんて答えが出ないものね…ねぇ、今夜は冷蔵庫の片付けを兼ねて家でサンドウィッチパーティにしようかしら。飲み物の用意だけお願いしますわね♡。

(Fin)