マイ・ベスト・サンドウィッチ。

Masculin:今日はサンドウィッチ・デイ。例によってどこかの団体が頭をひねった故実ならぬこじつけだそうです…3と3とで1をはさんでるとかって。

Féminin:何だか笑う気にもならないわねぇ…もうひとつこれもどこかのパン屋さんだかが11月3日のサンドウィッチ伯爵のお誕生日でサンドウィッチの日を勝手に決めたとか。

M:記念日なんてのは言った者勝ちで何でもありなんですよねぇ…一句出来ました。「逞しき商魂のみが透けて視え」お粗末…ところで食いしん坊のお姉様が一番お好きなサンドウィッチって何です?

F:一番て訊かれても…あぁそうそう、密かに好きなのがあったわ。普通の食パンで普通のプロセスチーズをはさんで耳を落としただけのサンドウィッチ。幼稚園の頃、良くお弁当に持たされたの。

M:へぇ、お姉様の幼稚園の頃に食パンはともかくプロセスチーズってもうありました?

F:ちょっとまた失礼ねぇ、三つしか違わないのに。ほら母が忙しい朝に少し手抜きして作ったらしいんだけど、私が美味しいって言ったものだからかなりの頻度で。でもイヤじゃなかったから文句も言わなかったけど。幼稚園もお行儀の良い子ばかりだったから「○○ちゃんのお弁当、おかしい〜」なんて笑われたりもしなかったし。チャーリー・ブラウンのピーナッツバターのサンドウィッチとはちょっと違うわ。

M:C.B.はひとり友達から離れたベンチで「またピーナッツバターか…」とため息つきながらもお母さんの事情は理解してるんですからね。チーズだけなんですか…ハムとか野菜は?

F:チーズだけなの。マヨネーズを薄く塗って5ミリほどのをはさむだけで子供だから胡椒も辛子もなし。実を言うとワタシ、ほんの小さな頃はかなりの偏食だったの。だから普段の家での食事も母は気を揉んでたみたいで…でもだんだんそれも治って、一緒にキッチンに立つようになったら母が患ってそのまま…。

M:…そうだったんですね…だけど意外だなぁ、知り合った頃からはずっと変わらずの食いしん坊かつ痩せの大食いで、そのせいか奇跡の美魔女を保ってらっしゃるお姉様が。でもその幼い日の偏食のせいで背はスラリと伸びてらしたけど、ナイスバディからは程遠い前後ろ不明のまな板みたいなメリハリの無さだったのかなぁ(笑)。

F:ん〜もう、だからあまり話したくなかったのに…まあシンプル過ぎでカルシウム以外の栄養バランスは問題ありかもだったけど、時々懐かしく思い出すのよそのチーズサンドを。一種のおふくろの味だったのね。貴方は?

M:ウ~ン、そういう密かにってのは無いなぁ…伊丹十三は自分の場合コッペパンに冷えた薄っぺらいカツのカツパンがそれに当たるって書いてたけど。あとサンドウィッチパーティで具が乏しくなってからの苺ジャムとサラダ菜のサンドウィッチと…僕も冷蔵庫開けて目についた材料を片っ端からはさみ込むダグウッド・サンドウィッチは高校時分に良く作ったけど…そうだ、昔ロンドンとパリの5つ星ホテルのルームサービスでクラブ(ハウス)・サンドウィッチを食べたなあ、正統的なのを確認したくって。

F:これも伊丹さんが書いてらしたけど、ああいうものをなりふり構わず食べるにはルームサービスに限るって…実践したのね。ホテルは?

M:フッフ、ロンドンはストランドのサヴォイ、そしてパリはかのプラス・ヴァンドームのリッツでございました。

F:…そう言えば一番安い飛行機で一番高いホテルになんてプランでひとり旅立ったことがあったわねぇ、呆れた。ハネムーンに取っておいてくれたら…。

M:いつの話かなぁ…ロンドンはその晩にテムズ川挟んで対岸のロイヤル・フェスティバルホールの演奏会にウォータールー橋を歩いて渡る前の腹ごしらえに。でも両ホテルとも基本は同じでしたね。三段でフィリングは下からローストチキン、トマトのスライス、千切りのレタス、サヴォイは茹で玉子のスライス、リッツは薄焼き玉子で、クリスピーベーコンははさまずにてっぺんにトッピング。カットはしておらずちゃんとカトラリーとナプキンが付いてました。サヴォイのは質実剛健な感じでリッツの方が少し小ぶりでお上品だったなぁ。

F:そう言えば父が思い出話してたんだけど、戦前の銀座に「常夏」って喫茶店があって、そこの名物で海苔サンドってのが妙に旨かったんだよって。父によると胡麻よごしの和え衣とバターをトーストした薄切りパンの両面に塗って海苔をはさんであったとか。

M:それ、僕も母からそれ聞きました。ちょっと作りたくなりますね、ヴァン・ムスーかビールの合いの手に。

F:神田に海苔トーストって出してる喫茶店があるらしいけど、微妙に違うみたいね。でもお母様もかなりの食いしん坊さんでらしたのねぇ。前から思ってたけど、嫁姑できっと気が合ったでしょうに誰かさんが煮えきらなかったから…。

M:…またそんな昔のしかも仮定の話を…でも食いしん坊はお姉様に引けを取らなかったでしょうね。サンドウィッチから脱線しますけどやっぱり戦前の銀座に小津安二郎古川ロッパも贔屓だった「エスキモー」って店があって、そこの「新橋ビューティ」ってパフェは母と同世代の池波正太郎吉行淳之介の両氏も書いてますけど、当時大人気だったと。

F:どんなパフェだったの?

M:昨今のものほど満艦飾でもなく細いグラスに四〜五色のアイスを層にして重ね入れただけらしいんですけど質は高かったらしく、10代半ばの母は毎日のようにそれを食べ黄疸が出て、出来たばかりの聖路加国際病院に担ぎこまれ入院したんですって。

F:ふ~ん、ご立派だわ。それじゃあ貴方のお家はお祖母様に叔父様も含めて聖路加とは出来たばかりからずっとのお付き合いなのね。

M:鐘楼の天辺に十字架のある今の一号館から建設中の勝鬨橋が良く見えたと言ってました。でも戦前で衛生状態も今より良くなかったろうから当時はウィルスも未発見だった肝炎にかかったんでしょうね。サンドウィッチに戻りますけど、最近流行りのホイップクリームに季節の果物を加えたフルーツサンドっていかがです?

F:ウ~ン、あんまり興味無いわ。スイーツでも軽食でもなく中途半端な感じで。和風の玉子焼をはさんだ玉子サンドもそれほど。日本で最近流行りつつあるのではベトナムバインミーの方が良いと思うわ。それからデンマークのオープンサンドのスモーブロー。あとは流行りと無関係だけどやっぱりシンプルなキャス・クルートね。ただしあれもバゲットとハムにチーズとバターが全部ちゃんとした本物じゃないと。

M:バインミーは確かに良いですね、米粉入りのもっちりしたベトナムバゲット紅白なますパクチーたっぷりの意外性で。スモーブローはもう一枚のパンでフタをしたらダグウッドサンドじゃないかなんて茶化したくなるけど…そうだ、お姉様と知り合った年の学校の遠足に、そのキャス・クルートを自作して持って行ったんですよ。長瀞だったなぁ行き先は。バゲットはドンク、ハムはローマイヤ、バターはトラピスト。ヴァン・ロゼを一本持って行き岩畳でやりたかったけどさすがにそういうわけには。

F:もう、高校生が遠足にワイン持って行ったりしたら大問題よ、いつの時代でも。だけどやっぱり流行り廃りよりも定評のあるのが一番ね。クロック・ムスュウもカフェで出すようなソース・ベシャメルのかかったのでなく、バーで出てくるたっぷりのバターで押さえながらこんがり焼いただけのが好き。ねぇ、最近流行りの低温でじっくり揚げた白っぽいとんかつ、あれはあれで勿論美味しいと思うけど、カツサンドにはどう考えても不向きね。

M:そうですね、かつ丼もカツカレーもそうだろうけど、やっぱり薄目の肉をきつね色に揚げたカツこそがサンドウィッチ向きで。でも肉の繊維を叩いて潰した「まい泉」のヒレカツサンドはサンドウィッチとしての一体感を重視した名回答ですね。

F:でも結局ベストのサンドウィッチなんて答えが出ないものね…ねぇ、今夜は冷蔵庫の片付けを兼ねて家でサンドウィッチパーティにしようかしら。飲み物の用意だけお願いしますわね♡。

(Fin)