「逃げた小鳥」をつかまえた。

Masculin:この写真、覚えておいででしょ?

Féminin:…って、前にご馳走になったお料理よね、豚フィレ肉のパンチェッタ巻ローストバルサミコソースだったかしら。

M:えぇ、わがスペシアリテの一つですけど、元ネタというかオリジナルは"Uccellini  Scappati(逃げた小鳥)"って名のローマを含むラツィオ州ロンバルディア州の郷土料理で、小鳥を捕まえて串焼きにしようとしたら逃げられ、代わりに一口大に切った豚フィレ肉とパンチェッタにセージを交互に串に刺して焼いたって焼き鳥みたいな洒落の効いた一品で。

F:それをフレンチの技法でちょっと気取って仕上げたのね。とっても美味しかったわ。フィレ肉のしっとりした火の通しもバルサミコの酸味の効かせ方も。

M:ありがとうございます。さすがお姉様、僕の狙いをきっちり受け止めてくださって。そもそもはかつての上野とんかつ御三家の一軒で小津安二郎ご贔屓の蓬莱屋のヒレカツと、今はない西麻布シェ・フィガロの牛トゥールヌドのベーコン巻ステーキからの発想で。

F:どっちも懐かしい味ね…。でもその逃げた小鳥のお話と併せてまたそれを思いつくのは大したものだわ。蓬莱屋のヒレカツって昔カウンターでお仕事の一部始終を見たけど、パン粉の衣を付けたヒレ肉の太い部分を先に高温の油で周りを固め、続いて低温の油に移してじんわり火を通すのよね。脂の少ないフィレ肉をベーコンで巻くのは定法だし。

M:そう、その一方で火入れを慎重にしないとてきめんにぱさつくフィレ肉を確実にア・ポワンに仕上げるにはと知恵を絞ったのがこれで。ほら、ロティール(ロースト)は最初に周りを焼き固める=リソレが決まりですけど、その手はフィレ肉には不向きだししかもポーションの小さな豚肉だとなおさらで。そこで同じ豚肉のパンチェッタで巻いてしかもリソレせずいきなりオーヴンでロティールしたらと思いついたんで。

F:ふ~ん、どうして男女の仲についてもそんな風に妙手を思いついてくれなかったのかしらね、あの頃…。

M:…ゴホン!まあそれはともかく、今世紀になってから一般的になった低温調理の技法も参考になったんですけど、つまりパンチェッタで巻いた豚フィレ肉それ自体にストレスを与えずにじんわりと火を入れるって考えで。

F:ハイハイ、これも今さらですけどさんざん今は亡い一回り年上で家庭を持ってたあの人と三つ年下のアナタの間でストレスを味わったワタシとしては豚さんが羨ましくもありますわ、続けて。

M:…フィレ肉の太い部分をアセゾネしてセージの葉をはさみパンチェッタで一重に巻きタコ糸でしばります。ピーナッツ油を満遍なく回しかけ180°Cに予熱したオーヴンにいきなりリソレせずに入れ、3分ごとに天地左右と向きを変えアロゼしながら竹串を刺して中心温度を確かめ、取り出したらアルミホイルで包みルポゼします。

F:お肉のローストのいつもの手ね。で?

M:フライパンを白ワインとバルサミコ酢半々でデグラッセし、フォン・ド・ヴォーを加え煮詰めバターモンテしてソースは完成。豚肉ですからロゼよりは少し火の入った仕上がりですけど切り口を上に向けて盛り付けて。ガルニはイタリアの地元ではじゃがいものピュレかポレンタが定番らしいけどお好みの季節の野菜を。写真はちょうど今頃だったんで芽キャベツと原木椎茸のソテーで。

F:メルスィボクー、シェフ。ところでフィレ肉の残りの尻すぼみに細くなった部分はどうするのがベストかしら?

M:フッフ、おまかせあれ。肉たたきで薄くたたき延ばし、コトレッタ・ミラネーゼが最善の手です。パルミジャーノ・レッジャーノを混ぜたパン粉を付けバターとオリーヴ油半々で揚げ焼きして下さいませ。付け合わせはレモンとデに切ったフルーツトマトと手でちぎったルーコラをオリーヴ油で和えたのを。もう一つ和風と中華風のブレンドで、刻み生姜と豆鼓をまぶして酒蒸しにし、仕上げに熱したピーナッツ油とたっぷり小口切りの浅葱を散らすのも。

(承前)