2月29日は何の日?

Féminin:…って単なる語呂合わせでニンニクの日なんですってね。

Masculin:えぇ、鹿児島だかの健康食品会社が勝手に決めたんだとか。まあナントカ記念日なんてそんなテキトーなのばっかりですからね、商魂たくましくかつ利にさとい連中の好き勝手で。7月6日はサラダ記念日なんてのも…いや、あれは違うか、すみません、俵万智センセイ。

F:まあそうおっしゃらないで、今日は四年に一度なんだから。でも割合に貴方ってお料理のニンニクの使い方に慎重よね。

M:まあ一つ間違って使い過ぎると過ぎたるは何とやらで皿ごと台無しにしかねませんからね。そのサラダのヴィネグレット(ドレッシング)でもサラド・ニソワーズ(ニース風サラダ)ならほんの少しおろしたのを加えるけど、たとえばいわゆるアーリオ・エ・オーリオ・エ・ペペロンチーノのパスタでも一人前せいぜいニンニク半カケと種を抜いた鷹の爪一本が適量と思いますよ。それに加熱する場合はともかく生で使う時は金気を嫌うからご注意ですね。微塵に刻む場合は先に包丁の腹で叩き潰すのが原則で、すりおろすにはニンニク専用にセラミックのおろしを使ってますし。またナムルはすり鉢でニンニクや胡麻をあたって具材を入れその他調味料を加え手で優しくムンチ(和える)しないと美味しくならないですね。品種はやっぱり国産で青森の福地ホワイト六片が最良です。あとチューブ入りおろしニンニクなんてのも言語道断だけど、ガーリックパウダーはもっと最悪ですよ。ニンニクの臭味だけを残したような代物で。あんなのは味○素と同じくらい遠い昔にわが家のキッチンから放逐しました。ついでですけどニンニクに限らずチューブ入りのショウガにワサビにカラシなんて代物は…

F:ハイ、そこまで!それだからキッチンが山ほどのツールで溢れちゃってるのよね。ウチも昔、父が自分でこっそりニンニクの醤油漬を作ったりしてたけどいつの間にか自分ひとりであらかた片付けちゃってたわ…還暦過ぎの男やもめが一体何考えてたのかしらね。仔羊のローストには肉と一緒に皮ごとローストしたのを添えるじゃない?

M:それでもせいぜい二カケですね…あぁそう言えば昔、作ってる最中に破裂音がしたんでオーヴンを覗き込んだらニンニクが一カケ爆発したらしく消えて無くなってて。皮付きでローストする時は串で穴を開けとくのが肝心ですね。思い切ってたっぷり使うのはやっぱりバーニャ・カウダかなぁ。あれはニンニクを含め新鮮な野菜をしっかり食べる料理だから。

F:下にロウソクのある小さいすり鉢みたいな専用の器で温めながら、罪悪感なく沢山の野菜が食べられるから良いわね。それじゃあバーニャ・カウダのリチェッタをお願い。

M:ハイハイ、て言っても別に変わったことも…でも結構いい加減な手口もまかり通っているみたいだから正統派をば。まずニンニクは縦割りにして芽を取り去り、水から二度茹でこぼします。続いて牛乳でひたして完全に柔らかくなるまで煮て、仕上げにアンチョヴィのフィレを加え少し煮て一緒に裏ごしします。E.V.オリーヴオイルで伸ばし最後にバターを少量加えアセゾネして完成。児戯に等しいでしょ?

F:確かにね。でもニンニクの匂いを気にせず美味しくたっぷり食べるにはこれが一番だわ。あとはスペインのソパ・デ・アホなんかもあるけど。

M:ニンニクのスープならぬアホでも作れる簡単なスープって意味みたいですからね。

F:またいい加減なことを…そうだ、ニンニクをたっぷりって言えばエスカルゴのブルゴーニュ風よね。昔とっても恥ずかしい目に遭ったの。

M:食べ過ぎてお腹を壊したとか?案外消化が良くないはずだし。

F:もう、違うわよ。ほら貴方もご存知でしょ、先々代の丸の内の東京會舘。戦前からの重厚な建物の。

M:えぇ、今や三代目だけど比較にもならない堂々たる建築でしたよね。レストランプルニエの内装も今では求めても得られない風格の真のグランドメゾンで…我々くらいの世代が記憶しているギリギリかなぁ。

F:そのプルニエに父と一緒に食事に出かけて…高1だったから母の三回忌の頃だったわ。両親の結婚式があそこだったんで、結婚記念日か母の祥月命日には欠かさず行ってたの…メニューにエスカルゴを見つけて、父も独特のコリコリした歯ざわりでなかなか旨いもんだぞって勧めるんでオーダーして。

M:へぇ、箱入りお姉様のエスカルゴ初体験で。

F:殻入りの熱々を慎重に左手のトングで挟んでフォークで身を取り出そうとしたその時…。

M:…あっ分かった、「プリティ・ウーマン」のジュリア・ロバーツ

F:そう、まるで同じ。殻ごとトングから飛び出して。

M:いやぁ恥ずかしいなあ、映画より二十年も前に。とっさにギャルソンがキャッチしてくれなかったんですか?

F:さすがにそんな遠くまでは飛ばなかったわ。テーブルのすぐ横にぽとりと落ちて、すぐさま怖そうなマダムがついと近づき拾い上げ、何のフォローもなく無言で奥へ…。

M:そう言えばあそこはシモーヌ・シニョレみたいなおっかないマダムがサービス全般を仕切ってましたね…いやでも恥ずかしいなぁ(笑)。

F:もうホントに顔から火が出そうだったわ…父も笑いをかみ殺してるし。

M:エスカルゴでは本場ブルゴーニュでの有名な話があるんですよ。とあるレストランでアメリカ人観光客がオーダーしたんだけど活きが良過ぎたのか忙しかったのか、いざ客が食べようとしたら殻の中から角出せ槍出せとばかりモゾモゾと…成仏してなかったんですね、途端に客席から大きな悲鳴が上がり、後日訴訟沙汰になったと。

F:精神的苦痛とかを受けたとかだったんでしょうね…でも私たち日本人でもエスカルゴのおどり食いなんて御免だわ。土台それ自体に特別しっかりした味わいがあるわけでもなく、歯ざわりが主の食材なんだから。

M:そうだ、その昔日本ではNTTがエスカルゴの生産を一手に引き受けてたってご存知ですか?

F:うぅん、初めて聞くわ。養殖からしてたの?

M:えぇ、工事もね…。

F:工事?あ、もしかしたら…。

M:そう、電々(でんでん)公社の頃の話です。おあとがよろしいようで…。

(Fin)