「木洩れ日の下のリカール〜Ricard pour deux sous Komorebi」

Féminin:…そう言えば好きよね貴方、このリカールとかペルノーパスティスって。

Masculin:えぇ、まあ嫌いな酒を見つける方が大変ですけど。陽気のいい季節にテラスでボンヤリしつつ道行く女性を眺めてる時なんかには欠かせないですねぇ。あと、深夜までさんざん呑んでいささか呑み疲れた時に一息つくのにも…もっとも寄る年波で最近はもうそんな無茶は出来ないけど。

F:ハイハイ、私も最初はアニスの香りが苦手だったけど、誰かさんのオススメでだんだん好きになったわ。でもやっぱり普通にお水で割るのが一番。好みでしょうけど炭酸割りはちょっと。

M:香りの個性が強いからあまりカクテルベースにもならないみたいでダンデライオンかノックアウトくらいかも。昔クロード・ソーテ監督「夕なぎ」を観てたらイヴ・モンタンがカフェでこれを注文し、何故か心ここにあらずで生(き)のまま口に運ぼうとして店の主人から「割りますか?」と云われて我に返るってシーンがあったなぁ。

F:うん、モンタンとロミー・シュナイダーにサミー・フレー三人の微妙な関係を描いたいかにもフランス映画らしい一本だったわ…ちょうどある時期の私たちみたいで。

M:…そうだ、ほら昔銀座コリドー街の向かいにあったバーC、Fさんて名オーナーバーテンダーの伝説的なショットバーだったけど、あそこの番号入りオリジナルカクテルの何番だったか、リカールベースのがありましたよね、召し上がったでしょ?

F:…それ、ワタシじゃないわ、お生憎様。お店の名前は知ってたけど連れてってもらった覚えもないし。

M:…あれ、そうでしたっけ…いや、ハハハ…こんな時はこれをストレートでグイッと引っかけて…。

F:そんな真似して誤魔化さなくても、今さら昔のおイタを咎めたりしませんわよ。今はもういないあの人のことも含めてお互い様だったんだから…「夕なぎ」だってまさにそんな男女三人の大人のラブストーリーだったでしょ。それよりもだいぶ前に、晩年は南フランスのどこか鄙びた街でのんびり過ごしたいなんて言ってなかったかしら、貴方。

M:そうでしたね、もうそんな年齢なんだなぁ…地のワインにシャルキュトリーとチーズに太陽を一杯に浴びた野菜と。そしてリカールの水割りのグラス傍らに木洩れ日の下で日がな一日のんびり…あとは生身のパートナーかなぁ…。

F:あら、連れて行ってくださるの?

M:いや、現地調達のつもりだったんですよ生きの良いのを。その程度のフランス語ならまだ使えるし…あぁでも心臓も足腰も急激に草臥れてるしもう無理かなぁ…やっぱりご一緒してもらおうかな、転ばぬ先の杖に(笑)。

F:ちょっとヒドいわねぇ、杖の代わりだなんて…でも、そんなこと言ってくれたの初めてね。喜んでお供いたしますわ、旦那サマ。

M:ウ~ン、共倒れにならなきゃいいけど…。

(Fin)