「世にも怪奇な物語」(’67年仏・伊)〜Meet the Doppelgänger?

Masculin:これは公開当時、劇場でご覧になりました?

Féminin:うん、確か高校一年の夏休みに友達三人で一緒に観たわ、E.A.ポーが好きだったから。貴方は?

M:僕は初オンエアの時、荻昌弘さんの月曜ロードショーでしたね、やっぱり高一の時で。

F:…また年の差を強調するんだから…ほんとイジワルねぇ。

M:別にイジワルってわけじゃ…何であれ僕より三歩先を歩いてらっしゃるのは確かなんだから、いかな美魔女様でもね。

F:ハイハイ、でもこれの頃まではオムニバスって良く作られてだけど、その後は廃れたみたいね。

M:そうですねぇ、まあ何人もの巨匠をひとまとめにする度量のある大物プロデューサーが少なくなったのが一番かと。それに実際にメガホンを取る側としてもあからさまに比較されるわけですからね、他の監督と。

F:さしずめこれの一本目「黒馬の哭く館」のロジェ・ヴァディムなんかは割を食った感じが強いわね。露払いではあっても。

M:同感です。まあもともと女優を育てるっていうかブリジット・バルドーカトリーヌ・ドヌーヴ、これのジェーン・フォンダとお手つきを一人前にした功績は確かだけど作家性という点では…。

F:ねぇ、その三人も育ててから手を付けたのか、手を付けてから育てたのか、どっちなのかしら。

M:何だかはしたないなぁ、最近のお姉様は…さて何とも言えませんねぇ。ヴァディムの場合はその後も似たようなものだったから。

F:ほら女優さんを奥さんにして作品を撮った監督は内外ともに沢山だけど、日本じゃ割合にずっとおしどり夫婦でいる方たちが多いじゃない。海外はそうでもないけど…。

M:それはやっぱり永らく男社会だった日本の映画界の方が、商品に手を付けた以上きちんと面倒見ないと周りがうるさいからですよ。男の嫉妬の方がたちが悪いってご存知でしょう。それからやっぱり女優の女房がせっせと懸命に働き、仕事を選り好みしたり干されたりして収入の不安定な監督の亭主と家庭を支えるって構図も。

F:…でも昔は映画会社の社長さんで女優を愛人にしたんじゃなく、愛人を女優にしたんだって豪語した人もいたからスゴいわね。これの内容だけど、姉弟共演てだけであまり観るべきはない感じね。さっきも言った事情だと現場も妙な空気だったかもだし、ピーター・フォンダも「イージー・ライダー」の資金稼ぎって割り切ってたのかしら。

M:続くルイ・マルの「影を殺した男(ウィリアム・ウィルソン)」ですけど、実は七年前に初入院する少し前、似たような経験をしたんですよ…。

F:えぇ!ドッペルゲンガーに出逢っちゃったの?

M:いや直接には…ただそのしばらく前から何人かの知り合いに僕が立ち回った覚えのない場所で見かけたって話を聞いてたんです。

F:ふ~ん、またワタシのあずかり知らぬ所でおイタしてたんでしょ。

M:そんな元気も暇もありませんでしたよその当時は、ご存知でしょう…それである日、毎週買い物に行ってるスーパーでいきなり同年輩の女性から「Мさん?」と知らない名前で呼びかけられて。

F:単純な人違いじゃなかったの?

M:いや、その人はすぐ目の前にまで近づき、なおも「Мさんでしょ?」と食い下がって来て。当然「お人違いでは?」と否定しましたけど腑に落ちない様子で…聞けば髪型から服のセンスまでそっくりだと。

F:ふ~ん、それはやっぱり本物のドッペルゲンガーだわ、ホントに存在するのねぇ。でも貴方とは長いお付き合いだけど私は見かけたことも出逢ったことがないわよ…それとも今お話してるアナタこそがドッペルゲンガーなのかしら?

M:そんなわけないでしょ、昔からのお互いのいきさつも知ってるんだし…でもあの直後から確実に体調を崩し、何度も入退院を繰り返してますからねぇ。やっぱり直接出逢ってしまった時が最期の時なのか…。ところで芥川龍之介も話してたそうですけど、作家諸氏はドッペルゲンガーと縁が深いそうで。

F:へぇ、例えばどなた?

M:吉行淳之介はある晩に同業某氏から意味深な笑みとともに「君のスタイルは知ってるぜ、全部聞いたんだ」と囁かれ、何事かと問い詰めると某氏は横浜だかで出逢った女性から吉行センセイはロープで縛り上げるのがお好きなのよと聞いたと言うので、即座にそれはオレじゃないと言下に否定したと…。

F:…つまりSね、そういう趣味はお持ちじゃなかったのかしら。

M:意外にも不器用でらして、小包を郵便局に出すだけでも大騒ぎだったんだとか。だから妙に凸凹があり、くすぐったがってクスクス笑いながら身をよじるようなモノを縛るなんて到底無理だって。

F:確かに作品にもそういうくだりは無かった…かしら?

M:五味康祐は一時期実際にニセモノが暗躍していて、たまたま出逢った三島由紀夫が「やぁ五味さん、しばらくだねぇ」と親しげに後ろから肩に手を置いて挨拶したとかで、三島が騙されたと噂になったけど真相はさにあらずで。

F:五味さんて総髪おヒゲに着流しで、いかにもニセモノが出没しそうな方だったけど…。

F:五味によれば当時三島とは会えば黙礼する程度の付き合いでしかなかったと。それが三島がわざわざ親しげに挨拶したということは、ニセモノと見抜きそいつの心胆寒からしめてやろうとの狙いだったんだろうって。

F:親しき仲にも礼儀ありなのね、それから?

M:丸谷才一は某文芸誌の編集長と良く似てると言われていて、一緒に呑みに行くと「ご兄弟?」「うん、実は腹違いのね」なんて軽口を叩いてたけどご本人たちは決して似てるとは思ってなかったと。

F:まぁそうでしょうね、皆さんご自分のアイデンティティには自信がおありでしょうし。

M:ところがある芝居に出かけ、幕間に煙草を吸おうとまだ暗い通路をロビーへと歩き、照明が灯った時に目の前に座っていたのはまさしく自分自身だったと。

F:闇の中から忽然と現れ出たるは我ばかりなりだったのね…。

M:伊丹十三は一時期未知の複数の女性からの電話を立て続けに受け、揃いも揃って旅先で熱烈な一夜を過ごしたと主張するんでいちいちアリバイを述べたと…事実潔白だったとか。

F:ホントかしらね?宮本信子さんの手前、当然でしょうけど。

M:ところがニセモノは馬鹿に羽振りが良くなり、海外にまで手をのばし始めたんでホンモノは仕方なく髪を切りダイエットもしたとか。

F:皆さん苦労されたのね…でもニセモノかそっくりさんばかりだから、ホントのドッペルゲンガーが出現してるみたいなアナタの方が心配だわ…ところでアラン・ドロンは悪くないわね。役柄がニンに合ってるって言うか。

M:BBも同じですね。この二人の共演てこれだけですか?

F:もう一本やっぱりオムニバスで「素晴らしき恋人たち」(’61)があったわ。やっぱり二人とも何かとうるさい人だし、オムニバスの一本くらいが限度だったんでしょ。マルは往年の才気は無いけど手堅い演出ね…あら、何だか評論家みたいなこと言っちゃったわ(笑)。

M:さてどんじりに控えしは御大フェデリコ・フェリーニ「悪魔の首飾り」ですけど、やっぱり一頭地を抜く出来ですね。前にフェリーニの代表作としては前期の「道」、中期の「8 1/2」と言いましたけど、これはその二作に次ぐ秀作で。

F:ほら封切りで一緒に観た同級生のひとりがテレンス・スタンプのファンだったの。その娘はアンソニー・パーキンスも好きだったんで、妙な趣味ねぇってみんな笑ってたんだけど。

M:ああいったエキセントリックな持ち味の役者って固定ファンがいるんでしょうね。どちらもこの国限定で「トニパキ」「テレスタ」なんてあだ名されてて…落語の「てれすこ」みたいだなぁ、干物にしたら「すてれんきょう」になったりして…「どんなことがあってもいかの干物をするめと言っちゃならねえぞ」なんてね…。

F:サゲとしてはいまひとつね(笑)。でもフェリーニは大トリを勤めて見事にしめくくっているわ…。

(Fin)