雑煮覚え書き。

Féminin:ねぇ、貴方のお家ではお正月のお雑煮は日替わりなんですって?

Masculin:えぇ、元日は普通の関東風っていうか江戸の雑煮ですけど、二日三日はそれぞれ別のをね。

F:ウチは父がやっぱり東京のお雑煮にこだわってたから、紫勝(むらがち=醤油味強め)の鰹出汁に鶏肉と蒲鉾に小松菜だけでシンプルに。

M:ウチの元日も同じですね…かしわでなく合鴨だったけど。合鴨は針打ちして皮目を焼く一手間を。吸い口に黄柚子の皮を一切れ。続いて二日は早々と手抜きで梅と鰹節の雑煮を。簡単で旨いんですよ。

F:あら、教わってないわ。どんなの?

M:餅は元日と同じこんがり焼いた切餅で、椀に置いたら削りたての鰹節とちぎった梅肉をのせ、煮切り酒と濃口醤油を垂らし熱湯を注ぐ、それだけです。好みで小口切りの浅葱ともみ海苔を散らして。

F:ウ~ン、確かに出汁要らずで簡単かつ美味しそうね。二日酔いにも効きそうだし(笑)。

M:さすがお姉様、良く分かってらっしゃる。元日早々呑み過ぎた時には最高ですね。

F:それで三日は西京白味噌仕立てのお雑煮。何か謂われがあるの?

M:ほら、僕が小学生の時に亡くなった祖母の誕生日が正月三日だったんですよ。祖母は大阪の生まれだったんで、だから小さい頃からその日は白味噌と決まってて。でもあんまり嬉しくなかったですね、当時。

F:あら、どうして。白味噌の甘さでお子ちゃまにもすんなり受け入れられそうだけど…。

M:いやぁそれが妙に甘ったるく感じて逆に馴染めなかったんですよ。ところが祖母が亡くなって十年ほど経ち、日常的にキッチンに立つようになってからある年に自分で拵えてみたら美味いんですよ、これが。

F:ふ~ん、まあ生まれつきお酒呑みの舌を持ってたんでしょうけどねぇ。

M:それ以来また三日は偲ぶ意味で白味噌仕立てと決めてます…祖母は勿論、母もいなくなった今でもね。実はさっきの梅と鰹節の雑煮も祖母直伝で。

F:…何年か前に御馳走になった時はずいぶんシンプルになってたわね。昔っから?

M:いや、祖母の元気な頃は大阪の商家の流儀で満艦飾だったんです。大根、金時人参、京芋、油揚と。時を経て手抜きじゃないけどどんどんシンプルになって少し前までは大根と人参の短冊、今は福寿湯葉に削り節、吸い口の溶き辛子だけで。

F:昔聞いた話では京都のお公家さんはお雑煮の具材が多いほど家柄が高いって自慢していたんですってね。昭和天皇入江相政侍従長が書いてらしたわ。でも平民の私たちとしてはそこまでにおせちを色々食べてるから、それで十分ね。お出汁は昆布と鰹節?

M:えぇ、鯛のアラも使ってみたけど基本が一番で。餅は当然丸餅を茹でて。汁は酒多めで白味噌を段階的に加えてから焦げつかないように慎重に煮返し、仕上げに薄口醤油を一垂らしして味を引き締めます。

F:ほら、白味噌ってお正月用に買ったら、その後もすぐに使い切れるから都合が良いのよね。春が近づけば蕗の薹味噌や蛍烏賊の辛子酢味噌に筍の木の芽和えとか分葱のぬたも。

M:そうですね。味噌汁も寒い時季は白味噌加えて少し甘み勝ちに仕立てることが多いから、春までにはきっちり使い切ってめでたしめでたしで。

(Fin)