山崎豊子生誕100年〜「華麗なる一族」など。

Masculin:…というわけで今日は山崎豊子女史の誕生日、生誕100年ですって。

Féminin:暮れの28日に田宮二郎さんの没後45年で「白い巨塔」のお話したわね。まぁ私たちふたりともそれほど熱心な読者ってわけでも…そうそう、ご実家が大阪の小倉屋山本でらしたんでしょ、昆布の。あそこのは父が好きだったんでずっと買ってたの。特に極細切り昆布の「朝霧」。あれは還暦過ぎた頃だったかしら、それまで朝は母がいた頃から普通にご飯とおみおつけだったり、卵料理とトーストだったのが突然お粥が一番だって言い出してそれを欠かさずに。あとは濃い鰹出汁の葛餡と南高梅の三点セット。まったく朝から用意する方の身にもなって欲しかったわ。

M:小津安二郎作品の原節子は決してそんな愚痴をこぼさなかったなぁ…でもさすが食いしん坊のDNAですねぇ、もっともウチの母もお茶漬けにはあそこの「山椒こんぶ」がお気に入りだったけど。僕は「朝霧」と細切りにした若狭の小鯛の笹漬をスダチを絞って和えるのが好きですね。おろしたての本山葵をたっぷり添えて。

F:いきなり食べものの話からばかりじゃ山崎さんに失礼ね(笑)。まあご実家の品だし…それじゃあ「華麗なる一族」でいかが?原作も読んだんでしょ。

M:えぇ、高校の頃に新潮社版のハードカバー全3巻でね。十何年か前にヒドい再ドラマ化された時に、人に貸してそれっきり。もっとも今や読み返したくても老眼いや加齢性遠視で二段組はちょっとつらいなあ…。

F:私も父が買ってきたから読んだの。山本薩夫監督の映画化もすぐに観たけど’74年だから早かったわよね…そっちの印象が強いわ。特にキャストが皆さん適材適所で。

M:そうでしたね。佐分利信京マチ子仲代達矢月丘夢路、その他綺羅星の如しで。昨今じゃああんなキャスティングは到底不可能ですね。大河ドラマも全く同じで。

F:私思うんだけど、昔は映画、新劇、歌舞伎とそれぞれに第一線の人達がいて、その皆さんが一堂に会して他流試合か異種格闘技戦みたいにしのぎを削るのが大作映画や大河ドラマだったでしょ?今は何だか良く分からないぽっと出の若い子たちにカッコだけ付けさせて大急ぎで仕上げるようなものばかりで、それじゃあ歴史に残るような作品なんか到底出来っこないわよね…。

M:お説ごもっともでございます、お姉様。ところで作品冒頭が賢島の志摩観光ホテルでその「華麗なる」万俵一族が新年を迎える場面で始まるでしょう。若い頃我々もお正月ではなかったけど、寒い時季にあそこに出かけたことがあって。一泊二日で的矢の生牡蠣を2ダース食べたなぁ。あと伊勢海老のクリームスープや鮑のステーキも。ギドゥ・ミシュラン風に言うならまさに「わざわざ訪れるに値する味」でホテルもまた。

F:そうね、ただし別々だったけど…私は父と、アナタはお母様とでね。そのうち一緒に行きましょうって約束しなかったかしら?

M:…ハハァ、そんな約束もしましたかねぇ。ところが映画ではその冒頭と対を成すラストの万俵大介と妻・寧子に愛人高須相子三人だけの食卓のシーンが、銀行合併パーティのシーンに替えられていて。

F:あれは多分山崎さんとしては一族全員の揃った新年の晩餐会の豪華さと、様々なことがあってその一族の大半が離散した寂しい食卓を対比させて描きたかったんでしょうね。いわば家庭劇としての統一を図る意味で。

M:そう、ところが社会派の山本監督としてはラストのパーティで関係者たちの様々などす黒い思惑が渦巻く様子を暗示し、そこに万俵鉄平が自らの生命を断った銃声を重ねるという一種の問題提起をしたんでしょうけど…。

F:社会派らしいこだわりなんでしょうね。それとやっぱり最初の映画化は演じてる人が皆さん作中人物と同世代のいわば昭和のお顔でらしたじゃない。その後のドラマ化じゃあもうその点でまず違和感があるし、最近のはもう悪い冗談としか思えないわ。万俵大介が佐分利信山村聰北大路欣也さんから中井貴一さんなのはまあ何とかだけど、鉄平が仲代達矢さんから加山雄三さんを経てその次に演じたひとでもう…。

M:高須相子も京マチ子小川真由美さんから鈴木京香さんまでは納得だけど、最新のは悪い冗談以下としか思えませんね。

F:いかにも昭和の街並みを再現しましたって雰囲気のセットもね。上海あたりでロケもしたらしいけど。

M:前にも話題にしましたけど「白い巨塔」の舞台たる国立大医学部とその附属病院は、時代が移り変わっても残念なことに巨塔であり続けているから繰り返しの映像化にも十分耐えるし、いかにも今風の顔つきの医師ばかりでもむしろそれが当たり前で。ところがその顔つきの連中が昭和の金融や官僚に鉄鋼業界の人間を演じたらもうほとんど冗談ですよね。

F:本当にね、だからもう金融業界の再編が完了した今となっては、「華麗なる一族」の作品的な価値も下落しちゃったのかしらね。

M:えぇ、つまり「白い巨塔」は皮肉にも不滅だけど「華麗なる一族」は滅亡に瀕し、「不毛地帯」は主人公のモデルとされた人物が抑留当時について何も語らずに世を去って相変わらず不毛のままだし、「沈まぬ太陽」もモデルの航空会社がまさかの経営破綻で失速しかかったけど、辛うじて体制を立て直し地平線近くを低空飛行で沈まぬままで。

F:「すべて世は事も無し」ってことね…。

(Fin)