"Guinness is good for you?"〜豚スペアリブの黒ビール煮込。

Masculin:何です、また何か呑み食いの相談かなぁ。

Féminin:…どうしてそう決めつけるのかしらね…当たりですけど。実はギネススタウトが一本残っちゃってるんだけど、どうしたら良いかしら。

M:どうしたらってご自分で召しあがれば良いだけのことでしょ?今さら下戸のおぼこ娘ってわけでもあるまいし。

F:💢何よその言い草は。そもそも大昔にまだお酒の味もろくに知らなかったワタシに代官山のフレンチでキール・ロワイヤルを勧めたナマイキな高校生はどなただったかしら?

M:またまた懐かしくも古い想い出だなぁ、確かにお姉様もすれ違う誰もが振り返る素敵な女子大生でしたよねぇ、ただし絵に書いたような箱入り娘の。

F:…あの頃はまだ家でも父の晩酌にだって付き合ってなかったんだから。だから一体どこの誰に酒の味を覚えこまされたんだって訝しがられて…まさか可愛くなくもないけどとってもナマイキな高校生の男の子ですとも言えないし。

M:ハハァ、それはどうも…だったらこないだお邪魔した時に出してくれれば片付けて差し上げたのに…小津安二郎監督に習って生卵と一緒にでも。

F:そうね、最近すっかりだらしのない誰かさんだから、それが効いたのかもね。それはともかくギネスだけだと私には重いしハーフ&ハーフにすると口を取られるし、それで他のことはともかくお酒とお料理にだけは詳しい貴方様にお伺いしてますのよ。

M:何ですか、それ。誉められたわけでもなさそうだなぁ…。

F:うん、別に誉めたわけじゃないから。

M:ヤレヤレ、それじゃあちょうど寒い時季にはピッタリのベルギー西部フランドル地方の郷土料理カルボナードはいかがです。本来は牛肉だけど豚の骨付きスペアリブを使った僕流のルセットで。

F:あらステキね、お願いいたしますわ♡。

M:食べ物話の本題に入ると途端にご機嫌で…まずは氏素性のはっきりした豚のスペアリブに強めにアセゾネ(塩胡椒)して強力粉をはたき、しっかり満遍なくリソレ(焼き固める)して煮込み用の鍋に移します。リソレしたフライパンに残った油で縦割りにして芽を除いた皮付きニンニクと同じく皮付きショウガの薄切り、玉葱と人参にセロリのミルポワをスェエ(炒める)してトマトペーストを加えます。

F:フムフム、そこまでは基本のブレゼ(煮込み)の手順とほぼ同じね。

M:野菜も煮込み鍋に移したらフライパンをシェリー酢でデグラッセ(洗う)して鍋に加え、ギネスと副原料無しのピルスナータイプのビールをひたひたに満たして水は一滴も加えずビールだけで煮込みます。

F:ビールの割合は半々くらい?

M:基本そうですね。寒い時季はギネス多めで。煮立ててアルコールを飛ばしたらブーケ・ガルニを加え、蓋をして180℃のオーヴンに鍋ごと入れます。

M:普通、ブレゼならフォン・ド・ヴォーかヴォライユか何かしら足すでしょ、大丈夫?

M:スペアリブの骨から存分に味が出るから大丈夫です…煮込み時間は90分で完全に冷めたら冷蔵庫で一晩寝かし翌日表面に浮いて固まったアクと脂を一網打尽にし、肉を取り出し煮汁をパッセ(濾す)して煮詰め味を整えバターモンテして一応の完成。ミニョネット(挽き割り胡椒)を振りかけて。

F:ビールだけで煮込んで苦味が気にならないかしら。

M:大丈夫ですよ、余計な添加物はなく天然素材だけだから爽やかな後味で。ビールたっぷりだから東坡肉よりも味噌と焼酎を使った鹿児島のトンコツにも似てより洗練された仕上がりですね。昔、母の訪問看護に来てくれてた薩摩おごじょのナースに試食として出し太鼓判貰いました。

F:ガルニは何が良いかしら。やっぱり定番のじゃがいものピュレ?

M:それもですしヌイユも良いけど、ここは季節物だしベルギーに敬意を払って芽キャベツ(シュー・ド・ブリュッセル)を。縦割りにして切り口を下にし蒸し焼きに。

F:ありがとうございました、モン・シェール・シェフ。ところでアナタってお家でもお店でもあんまりお料理の写真て撮りたがらないわよね。この記事にもないし、どうして?

M:…あぁ、それは昔、丸谷才一氏が書いてらしたんですけど、何人かで世間話していて料理写真専門のカメラマンいわく、撮影した後の料理は味が落ちると。

F:それは撮影してる間に冷めちゃったりとか、そういうことじゃなくて?

M:それを差し引いても明らかに不味くなるんだそうで…つまりレンズが味を吸い取ってしまってるかのごとしとか。だから撮影を終えた後は料理人に敬意を表して食べるけどさほどありがたくないんですって…と、一同そこまでウ~ンそういうものかと納得して聞いていたら一座の中のさる遊び人が口を開き

「ファッションモデルもそうですねぇ、撮影の仕事があった日はどうも味が落ちるんですよ」(笑)。

F:…なるほどね、それでお料理だけでなく昔からワタシの写真もあんまり撮ってくれなかったのね…それじゃあこの週末はまたお待ちしてますわ、シェフのご出張を…。

(Fin)