指揮者とセクシャル・ハラスメント。

ん、何かワタシにご用かね?

 

Féminin:指揮者のフランソワ・グザヴィエ=ロトがセクハラの告発を受けていくつかの演奏会を降板したんですってね。

Masculin:実名での告発もあれば性的暴行や口にするのもはばかられるような内容の疑いもあるとか…自ら組織したレ・シエクルやケルン・ギュルツェニヒ管で近年大好評だっただけに残念ですね。

F:だけどそういう事実があるのなら断固とした対応が必要なのは当然だわ…でも数年前から世界中の動きに後押しされたんでしょうけど、何人かのマエストロが指弾されたわね。デュトワレヴァイン、ガッティと。

M:そうでしたねぇ、中でもレヴァインは告発の時点から三十年以上昔のことで長年あれだけ貢献したメトロポリタン・オペラを解任され、そのまま失意のうちに他界して。まあアメリカ特にNYあたりがその問題に対して特に厳しい姿勢だったからでもあるんでしょうけど、その功績全てが根こそぎ否定されてるようなのは…。デュトワはいくつかのポストを失ったけど拾う神も同様にいくつかあって今秋にはN響にも復帰し、ガッティは就任早々のロイヤル・コンセルトヘボウ管をあっさり追われ祖国イタリアに活路を見出し、これまた今秋からシュターツカペレ・ドレスデンのポストに…明暗がくっきり分かれましたね。特にメトのレヴァインに対する仕打ちには正直同情を禁じ得なかったけど。そのレヴァインもイタリアで復帰の話があったから、やっぱりベルルスコーニなんて御仁が首相をやってたくらいだし鷹揚なんですかねえあの国は。

F:とりあえず女性を見たら口説くって国民性ですものね。かく申すワタシも昔ずいぶん言い寄られましたのよ、イタリアの殿方には。

M:へぇ、でも花のかんばせはともかくスレンダーでボン・キュッ・ボンからは程遠かったお姉様が、イタリア野郎の関心を惹いたのかなぁ。

F:失礼ねぇ、そういう決めつけもセクハラじゃないのかしら…ボクと毎日デートして沢山パスタを食べてれば、キミもすぐにそうなるよ、ウチのマンマみたいにねなんて言われたわ。だけどイタリアのマンマみたいにたくましくなるのも抵抗があったし。

M:そうでしょうけど土台痩せの大食いだったから、どんなにパスタだけでなくセコンドやドルチェを食べてもあんまり変わらなかったんじゃないかなぁ。それじゃあそのイタリア野郎も当てが外れてガッカリで…まあおかげで今日の美魔女様が誕生したわけですから。

F:何だか勝手なことばっかり…でも昔の偉大なマエストロは、現代だったら皆さん大炎上だったんじゃない?トスカニーニフルトヴェングラーを筆頭に。

M:そうですね。トスカニーニは自分の振りミスでオケが乱れたのをかねてより虫が好かなかった当日降り番の楽員のせいにして一方的にクビにしたり、指揮棒を投げつけて運悪く楽員の眼に突き刺さり大怪我をさせるなんて超弩級パワハラもありましたけど、リハーサルで例のごとく癇癪を起こした時は専属のなだめ役の女性が一緒に楽屋に籠もったとか。

F:フルトヴェングラーもリハで気分が高揚するとお気に入りの女性楽員と楽屋に籠もっちゃって、その間他のメンバーは待ちぼうけだったとか…安岡章太郎さんが團伊玖磨さんから聞いた話ですって。あの哲学者みたいなお顔からは想像もつかないけど。

M:その話はいささか眉唾ものなんですよ。だってフルトヴェングラーが頻繁に指揮したベルリン・フィルウィーン・フィルはともにまだ女性楽員の影も形もなかった時代ですからね、その当時…まあ大変にお盛んだったのは噂でなく半ば公然の事実でしょうけど。クレンペラーもビックリの逸話に事欠かないしクナッパーツブッシュもお下劣なジョークが得意だったとか。聖人ワルターくらいですかね、その手の悪評とまるで無縁だったのは。

F:カラヤンがコーラスに指示を与えるのに近くまで行って、終わりに最前列の小柄な女性の頭を軽くポンポンと叩いたら周りが羨ましがって「ほら、あの娘は当分シャンプーしないわよ」と囁き合ったとか、バーンスタイン会心の演奏直後に汗まみれで男女の別なくブチューってキスをしまくったなんてのも最近じゃあアウトなんでしょうね。

M:ただ最近、T.H.氏が書いてらしたんですけどちょうど半世紀前の’74年、お姉様もまともに被害を受けたアルゲリッチの突然帰国キャンセルの際、そもそもの夫婦喧嘩の原因を作って結果ひとり日本においてけぼりを食らったデュトワに対し、共演の新日フィルの女性楽員の皆さんからは浮気亭主への非難よりも「カワイソウだわぁ」って同情の声が多かったんですって何故か。どう思います?

F:ええ?ウ~ン、ほらだいぶ後だけど、デュトワが今はない日本橋室町のてんぷらはやしに現れた時、お店の奥様や女性陣から大好評だったって話してらしたじゃない。「素敵な方ですねぇ、面白くて」って。やっぱりそういうキャラの方なんでしょ、きっと…ワタシは指揮者としてはともかくその辺はあんまり分からないけど、タイプじゃないってことね。

M:筋金入りの「スイスのチャラ男」なんでしょ。’85年にモントリオール響と最初に来た時はご一緒したんですものね。まあでもそもそも指揮者というものは指揮の技術に耳の良さ、更には総合的な音楽性の高さが求められ、その上に何か人間力の強い放射があるひとこそが特別な存在になるわけですからね。

F:百人内外のプロフェッショナル音楽家を思うがままに動かし、同時に背中で千人以上の聴衆の耳目を惹きつけるんですものね。並大抵の能力じゃないわ。でもその能力をまた権力を笠に着て間違った方向に向けたら…。さっきの皆さんはそういう間違いを仕出かしたのね、多分。

M:国際的な売れっ子指揮者は世界のあちこちにポストを持って客演も多いから、ちょうど船乗りと同じく港々に女ありなんだなんて無責任な言い草もありますけどねぇ。それにしても離婚率の高さは尋常じゃないですね。さっきも言ったように棒一本あるいは両手で百人を思いのままに動かすんだから、女性の一人や二人は手もなくひねることが出来るってことか…おっと失言。

F:それを言うなら赤子の手をひねるようにでしょ、時々大雑把なんだから。

(承前)