今さらながらの基本のトマトソース(サルサ・ディ・ポモドーロ)の作り方。

このトマトソースを使ったペンネ・アッラ・アラビアータ。ガラケー時代の古い写真にて失礼。

 

Féminin:…というわけでお願い。

Masculin:何ですか今さら。何十年も前にお教えしたでしょ、さしもの美魔女様もお年のせいで忘れっぽくなったんですか。

F:ん〜もう、またそういうことを。作ろうかなって思ってるとアナタが届けてくれてたからつい頼っちゃってたんでございますのよ。そろそろご老体の誰かさんにもお気の毒だから久しぶりに自分で作ろうと思って。

M:へぇ、感心な心がけで。まあ大した技術を要するものでもなし、それじゃ改めてお教えしますよ。さほど多くないみじん切りの玉葱をピュアオリーヴオイルで薄いきつね色までスェエし、缶のホールトマトを汁ごと加え木べらで丹念に潰し、アセゾネしてバジリコの軸とローリエを加えて適度に煮詰める、それだけです。缶の内側に残ったトマトも無駄にせず少しの水でゆすいで鍋に加えてください。

F:ありがとうございました…って、それだけじゃ物足りないわ。もう少し詳しくお願い。前はいろいろ変えてたわよね、リチェッタを。

M:えぇ、玉葱だけでなくニンニクを加えたり、人参とセロリも加えたソフリットにしたりね。だけど他のソースに転用するなら改めていろいろ加えたりするから…例えばアラビアータなら潰したニンニクと鷹の爪をスェエしてこのトマトソースを。アマトリチャーナならグアンチャーレと追い玉葱。ヴォンゴレ・ロッソならビアンコを作る手順で浅蜊が開いたらこのソースを。プッタネスカならニンニク鷹の爪にアンチョヴィ、オリーヴ、ケイパーと。だから基本のソースとしては玉葱だけで十分かと。トマトも網で漉せばより滑らかになって上品になるからお好みですね。もちろんパスタソースだけでなく、豚肉のピッツァイオーラとか鶏肉のカッチャトーラなどセコンドのソースにも転用出来ます。ついでだけどスェエして油に香り付けした後の潰したニンニクはどうすると思います?

F:エッ、どうするって香りを付けたらご用済みよね。でも捨てるわけには…あっ分かったわ。それで一杯呑むんでしょ、キッチンでアヴァン・アペリティフを。

M:はっはご明察。軽くアセゾネし、ビールにもシュナップスにも良きですよ。

F:もう勝手にしなさい。ご自分の年齢もわきまえてないんだから。そんな丸ごとのニンニク食べても全然役に立たないくせに…そう言えばたまに高級スーパーで細長い生のサン・マルツァーノ種トマトを見るけど、いかが?

M:…どういう連想かなぁ…えぇ、良いと思いますね。ただしかなりお高いし、せっかくのフレッシュ感があるからシンプルなトマトソースにして食べるのが一番で。そう言えば再婚してローマ住まいになったオードリー・ヘプバーンはしょっちゅうトマトソースのパスタを拵えていたとは長男ショーンの思い出話で。オードリーはナポリ生まれのA.D.ってお相手の精神科医に誠心誠意尽くしたのに、ソイツはあのオードリーを妻として娶りながら200人もの相手と不倫し放題で…ドン・ジョヴァンニさながらのサイテー男ですよ。きっと地獄に墜ちたんでしょうねえ。

F:ハイハイ、アナタの永遠の憧れオードリーですものね。昔ニュース番組で南イタリアのトマト農家が収穫期に一家総出で仕込んだ一年分のトマトソースを瓶詰めにして煮沸消毒してるのを見たけど、日本の家庭じゃそうはいかないわね。

M:そう、だからやっぱりちゃんとしたイタリア産のホールトマト缶を使って仕込み、一食分ごとに小分けして冷凍保存するのがベストです。ところでそのシンプルなトマトソースのパスタなら、フライパンでソースを絡めるよりもピンポイントでアル・デンテに茹で上げたパスタを皿に盛り、茹で湯を少しかけ回したところにバターを一欠片加えたソースをかけるのが良いですね。

F:バターを加えるのは後からかけるチーズとの相性?

M:エウレーカ(正解)!言わずもがなですけどチーズもお好みでパルミジャーノ・レッジャーノかペコリーノ・ロマーノを直前にグレーターでおろして。シンプルだからどこか一つ手を抜くと台無しです。トマト缶もパスタもチーズもオリーヴオイルも全てイタリア産の本物でなくては駄目で、国産O社やM社のスパゲッティもどきや米国K社の緑の筒入り粉チーズしかなかったらハナから諦めてください。

F:相変わらず手厳しいわね。オムライスにもこのソースをかけてたでしょう。

M:えぇ、中身のライスは塩胡椒とパルミジャーノ・レッジャーノだけで味付けし、仕上げにこのソースをかける…ケチャップなんて世の中から追放したくなりますよ…大体中身をケチャップで味付けしておいてさらに上からもケチャップをかけるなんて信じられませんよ。ガ○ンチョの味覚の持ち主としか。

F:ハイハイ、ナポリタン大嫌いのアナタですものね。おうちの冷蔵庫からもとうの昔にあの人の一存でケチャップが姿を消したのよってお母様からも聞いたわ。たまにはケチャップ使ったチキンライスなんかも食べたいのにそう言うとご機嫌が悪くなるのって。

M:そんな愚痴をお姉様にこぼしてたんですか、ヤレヤレ…ついでに十年以上昔だけど、TVの情報番組の料理コーナーで、H.C.サンて女性料理研究家

 「ハァイ、今日はパスタのソースをプロの味に変えるとっておきの隠し味をお教えしますわね!」と勿体つけるんで何かと思ったら取り出だしたるはそのケチャップ!一気に脱力しましたね。プロにも失礼じゃないかなぁ。

F:そのひとなら私も覚えてるのがあるわ。キャロット・ラペの紹介でアシスタントの芸人さんが「先生、ラペってどういう意味ですか?」って聞いたら

 「ハイ、ラペとはサラダのオシャレな呼び方で〜す!」とキッパリ。目が点になるってあの時のことね。今じゃファミレスにもスーパーのお惣菜にもあるキャロット・ラペ(râpée=刻んだ)の名前で、堂々と嘘を吐く料理研究家のセンセイって滅多にいないわ。知らなかったんでとっさに取り繕ったのかもだけど、結果大恥と嘘つきの汚名を賜ったんだから見事な墓穴ね。

M:そんなレベルの料理研究家が少なくないんじゃないかなぁ、玄人はだしならぬ素人はだしの。まあ面の皮はトマトや人参よりも厚いんだろうから、剥ぐには湯剥きやピーラーじゃ到底無理でしょうねぇ…。

(Fin)