「ある日どこかで」(’80年米)〜Somewhere for Christopher.

Féminin:これ、昔飛行機の中で観たんですっておっしゃってたわよね、最初に…。

Masculin:そう、パリからの帰国便で’81年3月でしたね確か。それですぐお姉様におすすめしたら、あらもうロードショーはとっくに終わったわよって。

F:うん、ほら「スーパーマン」で人気だったクリストファー・リーヴと「007/死ぬのは奴らだ」のジェーン・シーモアに「サウンド・オブ・ミュージック」のクリストファー・プラマーと古いけどヒッチコック「疑惑の影」のテレサ・ライトと顔ぶれも揃ってるし、ちょっと観たいなぁって思ってたんだけど何だかあっという間に不入りで打ち切りだったみたいで。だから貴方が珍しく感激の面持ちだったんで興味は湧いたもののそれっきり。

M:いやぁ僕も機内でははじめさほど期待もせずに眺めてたんですよ。それが観終わってうーんこれは秀作だなぁと。ところがロードショーがそんな有様だったからか名画座にもあまり出ず、気がついたら十年以上も経ってて。

F:私は貴方に勧められたのを覚えてたからいつだったかオンエアで観たの…なるほど素敵な小品と思ったわ。若い頃から生意気でひねくれてるようでも実は純情だった誰かさんがのめり込んだのはもっともだなぁって(笑)。

M:…その純情をさんざん弄んだ張本人に言われたくないなぁ…それはともかくあれは’90年代の後半でしたね、亡き母がNHKでオンエアされてたこれのジェーン・シーモア主演のTVシリーズ「ドクタークイン 大西部の女医物語」を家で観てて「綺麗なひとねぇ、この女優さん…」と珍しく褒めたんですよ。

F:貴方のお母様ってご自分がとっても凛として素敵な方でらしたから、なかなかよその女性をお褒めにならなかったんでしょ?また女優さんを含めいろんな方をご存知だったし。

M:えぇまあそうでしたね。その眼鏡にかなった数少ないひとりが他ならぬお姉様だったんですけど…あの方なら年上だけど文句ないからしっかりなさいよって…。

F:あら、そんなお墨付きをお母様から頂戴してたわりにいつになっても煮え切らなかったのはどなただったかしらね。私だってそれとなく待ち構えてたのに…。

M:…まぁ昔のことはさておきそれでこれを思い出し、近所のレンタルビデオ店で借り出して母と一緒に観たんで。だから十数年振りの再観でしたね。さらに数年後、母が病を得て不自由な身体になってからのある日、銀座のY野楽器まで車椅子を押して一緒に散歩に行き、地下のDVD売場で観たい映画のリクエストを聞いて何枚も大人買いしたんですけど、これもその中にあったんです。他はもっと古い往年の名作ばかりでしたけどね。

F:やっぱり印象に残ってらしたのねこれが…ほら、作中の湖上のボートの場面で、リーヴのリチャードがラフマニノフパガニーニラプソディの第18変奏を歌うとシーモアのエリーズが「きれいな曲ね、何て曲かしら」って訊くでしょ。それに対してリチャードは「まだ書かれてない曲だよ」ってはぐらかして…リチャード・マシソンの原作では不治の病を抱えてる主人公がマーラー交響曲特に第9番を聴いてるけど、やむを得ない変更なのかしらね。

M:マーラーでは重過ぎるって監督の判断は正しいでしょうね。その代わりに最初の方のリチャードのオフィスに第10番クック改訂版第3稿(W.モリス/ニューフィルハーモニア管)のジャケットがこれ見よがしに置いてあって…マーラー好きとしてはにやりとさせられる場面ではありましたね。実はあの盤、’74年のリリース直後に蘭フィリップスの輸入盤買ったんですよ。だから最初に機内で観た時すぐに気づいたんで、あのローマ数字のⅩをあしらったジャケットに。まあ原作の翻訳が出たのは今世紀になってからだから当時は何故あの盤なのかって奇異に感じたけど…作中のマーラーの扱いはそれまで知らなかったから。

F:高校時代からマーラーにどっぷりだったんですものねアナタ。だけどサントラのジョン・バリーも良い仕事をしてるわ。でも興行的には日本ではさっきも言ったとおりだけど、アメリカでもパッとしなかったんでしょ。それが時間とともにじわじわと人気が出てファンクラブまで出来て、日米で似たような評価の高まりを見せたのね。

M:「午前十時の映画祭」でリストアップされた時には正直驚きもしましたけどね…ロードショーが不入りであっさり打ち切られた作品がなのかって。だけど公開時のほんの一時話題になるだけのような作品にあたふたと飛びつくだけじゃない本当の映画好きの心意気の賜物なんでしょうね。またその間にはリーヴが不幸な落馬事故で不自由な身体になり、やがて若くして亡くなるって悲劇もあったからそれも作品の評価を後押ししたのかも知れませんし。でも公開当時の興行成績などよりも時を重ねてじわじわと高まるのが本当の作品の価値じゃないのかなぁ。またタイムリープ物も近年いささか食傷気味だけど、一途な思いのみで時を遡るってシンプルな設定こそがむしろ清々しくさえありますね。

F:そうなんでしょうね、確かに。決して大作ってわけでもないし深い語りかけのある一本ていうわけでもないけど、時を超えて観た人の心の奥底にまで静かに沁み入るような…でもこれのラスト近くのリチャードの衰えゆく姿が現実の早過ぎるリーヴの晩年に重なって見えてしまうのは、多分関係者の誰一人が制作してた時には想像もしてなかった哀しいお話だわ…。「スーパーマン」シリーズ以上に俳優クリストファー・リーヴのかけがいのない想い出としていつまでも残る一本なんでしょうね、きっと…。

(Fin)