「シェーンは墓場へと去った」〜アラン・ラッド没後60年。

Masculin:また命日シリーズですけど、今日はアラン・ラッドの没後60年です。

Féminin:ふ~ん、でもやっぱり「シェーン」の…って頭に付くのは仕方ないんでしょうね、他にも主演作はあるけど。一世一代って代表作があることが必ずしもご本人にとって幸せとばかりは言えないみたいで。ラッドもそのことで悩んだんでしょうね、きっと。

M:早過ぎた晩年には精神的にも不安定だったそうですね。出世作の「拳銃貸します」にグレート・ギャツビーに扮した「暗黒街の巨頭」、ソフィア・ローレン共演の「島の女」くらいは知ってるけど…あとは最晩年に助演で出た「大いなる野望」が文字通り遺作になって。

F:最初にこれご覧になったのはいつ?

M:それが’70年頃、有楽町の駅前にあった有楽シネマ(後のシネ・ラ・セット銀座)って名画座で。ほら「ぴあ」なんかの情報誌もまだ無かった時代だから一番詳しかった東京新聞の映画演劇欄チェックして時間が無いと放課後に制服のまま映画館のハシゴを。

F:まだ知り合う前だけどずいぶんワルイ中学生だったのねぇ…それにアナタの学校の制服って目立つじゃない、金の7つボタンで。危ない目になんか遭わなかったの?

M:大丈夫でしたね一度も…ただラスト近くのシェーンとジャック・パランス扮する黒ずくめの殺し屋ウィルソンの対決寸前に、中途入場の女性客から「すみません、隣空いてますか?」と声をかけられて気勢を殺がれたけど…。

F:昔の名画座ならではね。私は初オンエアだから大学3年の’74年の春だったわ確か。例によってウチの父にこれは観ておきなさいって半ば強引にTVの前に座らされて。水野晴郎さんの水曜ロードショーでラストの「シェーン、カムバック!」は吹き替えず原語のままだったわね。

M:もともと西部劇ってあんまりお好きじゃないですよね。ご一緒したのも少ないし。

F:うん、でもこれは最初から気に入ったわ。ワイオミングの風景もヴィクター・ヤングの音楽もキレイだし、父からもただの人情譚でなく、銃と暴力が正義だった開拓時代の終焉を一人のヒーローを中心に象徴的かつこの上なく詩情豊かに描いてるところが名作の所以なんだよって。それでいていかにも西部劇らしい緊迫感溢れるガンファイトやリアルな格闘シーンも第一級だぞって。

M:ウ~ン、お父様のさすがの至言だなぁ、これの魅力を端的にズバリと。淀川長治氏はこれを挟んだ前後の「陽のあたる場所」「ジャイアンツ」をジョージ・スティーヴンスの年代別アメリカ三部作と評してらっしゃいましたけど、確かにその中でもこれは開拓時代の終焉の象徴を主人公シェーンに託したんでしょうね。また西部劇好きの直木賞作家逢坂剛氏がこれと「真昼の決闘(ハイ・ヌーン)」「大いなる西部」を戦後三大西部劇として挙げてらしたのにも同感です。全く方向性の違う三本で。

F:ジャック・シェーファーの原作小説は少年ジョーイの一人称で描かれているそうだけど、映画はシェーンと奥さんにスターレットと三人の微妙な気持ちのゆらぎをあざと過ぎずに描いてるのがふくらみを与えてるのね。それを描いてるからこそ、最後にシェーンが単身ライカー一味のもとに乗り込むシーンに説得力が生まれるんだし。

M:あのシェーンの行動は「カサブランカ」のリックにも通じるものですね。男のやせ我慢と自己犠牲で。スターレットヴァン・ヘフリンも好演なんだけど、これの直前にロードショーで「大空港」のエキセントリックな爆弾犯人を観たばかりだったからどうも印象が悪かったなぁ。

F:奥さん役のジーン・アーサーも戦前の作品って私たちは到底間に合ってないけど、これが最後の映画出演なのね。最初に殺し屋に撃たれる小作人のエリシャ・クックJrって、似たような損な役回りばかりの人だったんですって?

M:そうらしいですね、TVシリーズ「アイ・スパイ」観てたらやっぱり同じようにあっさり撃たれて…あと、むかし隣に住んでたひとそっくりなんですよ、もう笑っちゃうくらい。口やかましい魚河岸の親爺だったけど…。ジャック・パランスはこの後も長く活躍して、アカデミー助演賞を受けたのは四十年近くのちですからねぇ。授賞式のステージ上で腕立て伏せした勇姿が思い出されます。

F:ほら、前にアナタ冒頭近くのシーンで、19世紀のワイオミングには存在し得なかった速度で移動する物体が彼方に映りこんでるって言ってたわね。

M:ああ、あれはジョーイが弾の入ってない銃で物陰から水を飲む鹿を狙ってると、ふと何やら気配を感じた鹿が首をもたげ、ジョーイもそちらを見やるとシェーンがやって来る場面でその彼方を右から左へと多分トラックが通過してたんですよね。まあ鹿にもう一度って言っても無理だから撮り直しも…でも最近の輸入Blu-rayはCG処理してるみたいで、それも何だかなぁ。

F:その新しいソフトで観ると、エンドマークが重なる最後のシェーンの姿は沢山の十字架のある墓地に歩みを進めているのがはっきり判るのね。昔から言われてたシェーン死亡説を裏付けるみたいに。

M:ジョーイとの別れでも「…血が出てるよ!」と指摘され、遠ざかるシェーンの左腕は力無く垂れ下がってもいるし…だけどあのラストが感動的なのはシェーンひとりの生死のみならず、ひとつの時代の終焉を描き出しているからじゃないでしょうか…お父様がおっしゃってたように。

F:そうね、また俳優としてはこの後やや不遇だったアラン・ラッドその人の在り方とこの作品の特にラストが重なり合うからこそ、永遠不滅の名作なんでしょうね…。

(Fin)