愚にもつかない輩どもよ、汝等の名は…。

Féminin:…どうしたの?最近じゃ珍しくご立腹みたいで。あんまり怒ると心臓にも悪いんじゃないかしら。

Masculin:別にそれほど腹を立ててるってわけでも…ただあまりにも情けなくって。

F:…小澤征爾さんの悲しい報せが届いてまだ一週間足らずよね、そのことかしら。

M:えぇ、図星です。その短い時間しか経ってないのに大手出版社S学館のニュースサイトの記事で、到底我慢ならないのを目撃したんですよ。自社女性誌からの転載らしいけど。

F:普通でも当然、喪に服すべき期間よね。どういう内容なのかしら…。

M:小澤さんの没後に早くも遺族の間で遺産やオフィスの運営を巡って骨肉の爭いが起きてるとか、あまつさえ生前から故人のベッドを挟んで口角泡を飛ばすような言い合いがされてたとか…。

F:…何なのかしらね。誰が現場にいたかは知らないけど、巨星が落ちた直後に恐らく小澤さんの紡ぎ出す音楽になんか触れたこともないに決まってる有象無象の週刊誌のライター風情が聞いた風なデタラメを。

M:その一語につきますけどね。小澤さんの音楽的な業績など知りもしないだろうからろくに触れもせず、もっぱら資産がどれだけあるかとかそれを巡って家族間の立場がどうであるとか…おまけに「哀悼秘話」なんて歯の浮くような小見出しまで。まあ読者の出歯亀根性を満足させる以外の考えなぞこれっぱっちも持っていない下衆どもの集団であることは百も承知ですけど、あまりにも情けなくってまた酒の量が増えそうで…繰り返しますけど訃報が伝えられて一週間足らずですよ、まだ。百歩譲ってある程度の時間が経ってからなら読者のニーズに応えたんだとかいうもっともらしい理由付けも可能でしょうけどね。S学館はK談社より少しはマシかと思ってたけど、結局は目くそ鼻くそで丙丁付け難かったってことで。

F:大丈夫?お腹立ちはごもっともですけど、ご自分の身体も考えてね。まあ他にもS潮社なんかはNHKが60年以上も昔のN響事件に触れないのはいかがなものがなんて例によっての皮肉な調子で書いてたけど、これも少しタイミングを考えるべきよね。

M:ところがもう一つ、ほらT.H.ってスポーツライターで音楽についてもかなり以前からなんだかんだ書き散らかしたりオペラ講座なんかも主催してる輩がいますでしょ?

F:…あぁ、うん。時々演奏会場でお見かけしたけど近くにいたら圧が強くて邪魔そうだなあって思ってたおヒゲとメガネのあの方ね。

M:そうそう、それが自分のサイトで書いてる日記で小澤さんの訃報に一言も触れていないんですよ、先週の金曜以来。

F:ふ~ん、うっかりってこともないでしょうし、何か含むところがあるのかしら。

M:さて、ただ小澤さんの師の一人であるバーンスタインをかねてから称揚してますし、薫陶を受けた佐渡裕に対しても同様ですからね。その一方何年か前には有名ジャーナリストのお別れ会で遭遇した人物がホームレスかと思い、故人も交友の幅が広かったんだなあと思ったら小澤さんだったなんて失礼極まりないことをほざいてましたからね。まあ故人の業績に対しどのような評価をしているのかはともかく、黙殺の真意は知りたいものですけど…。

追記。案の定、17日(土)になり、読者の問い合わせに応えて他意はないが印象に残ったのが晩年の演奏だけだからなどと取ってつけたようなことを言ってましたね。さらにまた’02年のニューイヤーコンサートの再放送を観て、客席に日本人の姿が多いのと日韓ワールドカップの年だったことにこじつけて日本が元気だった最後の時期かなんてまたまた的外れを口走ってます。

F:へぇ、まぁそれなら訃報が伝わった時点でとりあえず弔意を表しておけば良いようなものよね、たとえ小澤さんの声価が定まった晩年のお仕事にしか強い印象を受けなかったとしても。貴方の言ったようにレニーと佐渡さんの間の橋渡しをしたのは他ならぬ小澤さんなのに。自らの不明を恥じるって言葉はご存知ないのかしらね。

M:まあ二言目には対象がアスリートであれ音楽家であれ「○○は凄い!」とほざくだけの要するに単なる売文業者の書き手=ライターなんでしょうからね。そう言えば昔、長嶋一茂がプロ入りした頃に期待をこめて「カルロス・クライバー長嶋一茂」なんて一文をものしてたけど、一茂が大成せずユニフォームを脱いだら途端にボロクソに言ってました。親と同じ道を選んで結果成功しなくても赤の他人からとやかく言われる筋じゃないと思いますがねぇ。どちらも七光りの通用する世界じゃあないんだから…国会議員と違って。

F:私たちだって半世紀以上前から小澤さんの演奏を沢山聴いて、素晴らしいと思ったこともあれば正直首をひねるようなこともあったんだし…それらを含めて本当に打ちひしがれた気持ちでいるんだから。

M:まあ小澤さんの実演も録音もろくに聴いたこともないくせにもっともらしいコメントをしてる多くの連中よりはある意味正直なのかもですけどね。ただ世界が心から弔意を表しているのに妙に斜に構えているのは、やっぱり京都人らしいひねくれぶりか底意地の悪さなのかなあ…。

F:ふ~ん、ウチの母は代々の京都生まれだったのご存知でしょ?だから東京生まれだけど私も半分は京都人なんですけどね…。

M:…いや、それは…アハハ、だからお姉様はちゃきちゃきの江戸っ子のお父様と生粋の京おんなのお母様の稀有なセパージュでお生まれになった奇跡的な存在なんですよ、ふぅ…。

(Fin)